画像: 夏の甲子園中止

ビニールテープで補修されたボール。

高校野球で使われる硬式球は、本来、牛皮で覆われ、
白球と表現されるような美しさを誇っています。

それが、土のグラウンドで練習を続けると、皮が擦れていきます。
白球が茶色になり、穴が開き、煩悩と同じ数の108あるボールの縫い目の
ひもが切れてしまうと、ゴミ箱へ・・・ではなく、
このように補強し、使い続けます。
キャッチボールなどに使われていたボールは、
ティーバッティングなどの練習用ボールに生まれ変わり、
変わらず高校球児の“練習相手”を務めます。

ボール一つとっても、
球児たちの汗や想い、歴史がしみ込んでいるわけです。

5月20日、
日本高野連が夏の甲子園
第102回全国高等学校野球大会と、
静岡大会を含む全49の地方大会の中止を決定しました。
新型コロナウイルスの感染リスクを考慮した苦渋の決断でした。

いまの3年生たちは、春、そして夏と、
最上級生として立つはずだった、
立つことを目指せるはずだった甲子園を
見えないウイルスによって奪われてしまいました。

日本高野連の記者会見が行われる5時間前、
藤枝明誠高校を取材しました。
去年秋の県大会を制し、東海大会は明治神宮大会で優勝することに
なる中京大中京に敗れたもののベスト4に進出。
加藤学園などと並び、この夏の静岡大会の優勝候補の一角、、
そうなるはずでしたが
3年生23人の夢は叶いませんでした。

「甲子園に立てるときょうまで思ってやってきた。
まだ実感がわかない、悔しいです」

そう語ったのは、村松杏都(あんと)主将。
浜松市出身の村松主将は中学3年生の時、
藤枝明誠が甲子園に初出場した姿に憧れ、明誠に進むことを決意。
親を説得し寮に入り、
さまざまなものを犠牲にして、
これまで2年2か月あまりを高校野球に費やしてきました。

先週には静岡県を含む39県で緊急事態宣言が解除され
練習も、部分的ながら再開できた矢先に
閉ざされた、甲子園への道。

「…正直、泣きたいです」

主将という立場上、悔しさをかみしめ
涙を見せなかった村松キャプテンはこう続けました。

「まだ、静岡大会が開催される可能性がある。
 一緒にやってきた3年生たちと、支えてくれた人たちのためにも
 そこでいい試合をして、自分の区切りをつけたい」

第102回、夏の甲子園と地方大会は中止となりましたが、
日本高野連などは各都道府県が独自の大会を開催することは認めており
静岡県高野連も前向きな姿勢を示しています。

3年生たちが有終の美を、
また想いをぶつける舞台は開催されるのか。

藤枝明誠の光岡孝監督は、こう絞り出しました。
「3年生は春以降、公式戦のみならず試合すらできていない。
 どんな形であれ、3年生の花道を作ってやりたい。」

ひとりの元高校球児として、
県内111校の3年生のこれまでの練習が報われることを
強く、強く願っています。

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