議員「強制収用許可しない」と述べたのに… 知事「地権者と対話を重ねた」 強制収用やコロナ禍の帰省巡り静岡県議会で論戦

JR沼津駅の鉄道高架化事業にかかわる強制収用について

 3月2日の静岡県議会の一般質問。2月、行政代執行によって土地が強制収用されたJR沼津駅周辺の高架化問題について、論戦が行われました。

 自民改革会議の坪内議員は高架化推進の立場から、知事の発言が変遷したことの影響をただしました。

画像1: JR沼津駅の鉄道高架化事業にかかわる強制収用について

坪内秀樹議員:「(2010年に)『私が知事にある限りに置きまして、強制収用の許可はしない』とも述べられました。長い回り道の末、ようやく再度前進に向けてかじが引き直された。10年もの歳月かかった。まさに知事の発言により、地元に混乱を起こし、地域の発展が大幅に遅れた」

静岡県 川勝平太知事:「こういう大きな事業をするときには、関係する地元の人たちの信頼を得ることが不可欠。私は一旦立ち止まり、地権者との対話を重ねた。
長く時間がかかったことは誠に残念に思っているが、最後に残った地権者ともコミュニケーションができて、意思疎通は図られていおり、いわゆるこの激しい対立というものがない中で、今日に至っている」

坪内秀樹議員:「最後に残った地権者としっかりとコミュニケーションがとれたという答弁をもらったが、地元地権者は、知事が突然来て、一方的に話し、私はどうこう言う暇なかった。知事に対して、裏切り者で許せない思いは今も変わらない。パフォーマンスではないかと激しく反論していると、新聞やテレビで報道されました。この認識の食い違いはなんなんでしょうか?」

 問題とされているのは、先月23日の会見での知事の発言と元地権者の言い分の違いです。

画像2: JR沼津駅の鉄道高架化事業にかかわる強制収用について

静岡県 川勝平太知事:「私は心からお詫びを申し上げた。代執行になったと。そしたら、お詫びをされるには及びませんと。私は個人の信念でこの土地を譲らなかったとおっしゃった。立ち話だったが、帰り際、どちらともなくひじタッチをして、にこやかにお別れをした」

 これに対し、知事の訪問を受けた元地権者の久保田さんは…。

久保田さん:「突然来て。たった5分ですよ。一応謝ったような形だったね。思い出せないけど言葉は。悪かったと言ったかな。そりゃ、来たついでに、この野郎この野郎って相撲とることもできない。しゃべって帰っていった。納得、なにもいかないよ」

長野県の自宅に帰省したのは…

 坪内議員は、こうした知事の言動が県民の信頼を損なっているとたうえで、別の問題も取り上げました。

坪内議員:「県民に対し、年末年始の不要不急の帰省を控えるよう呼びかけていたにも関わらず、お構いなしに軽井沢の自宅へ帰省されたのが最たるもの。年末の状況と言えば、緊急事態宣言の再発令が取りざたされるなど、他の知事は対応に追われ奮闘する姿がよく見られた。まさに危機的状況が続いていました。12月26日から1月3日までの9日間も、現場である静岡県を離れ、放棄したとも取られることをした。県行政のトップたる知事が静岡を離れることは、緊急時の対応に遅れを招きかねず、危機管理の上で問題があったと言わざるをえない。危機管理上の観点も踏まえ、知事の考えを伺います」

 この質問に川勝知事は答弁に立たず、難波副知事が答えました。

画像: 長野県の自宅に帰省したのは…

静岡県 難波喬司副知事
「まず、帰省という言葉ですが、広辞苑によれば、故郷に帰って父母の安否を問うこと、故郷に帰ること、となっている。よって帰省は、重症化しやすい高齢のかたの、感染リスクを高めることになる。知事の場合、故郷に帰って父母の安否を問う行き先、それはすなわち帰省先であるが京都となります。危機管理の対応については、年末年始に関わらず、常時、知事や副知事、危機管理監など、危機管理幹部職員とは連絡が取れ、知事から指示が得られる態勢を確保しています。さる年末年始におきましては、常に副知事が静岡市内におり、万が一の場合の初動体制は整っていた。このように、年末年始の危機管理態勢に問題はなかったと認識している」