日本原水爆被害者団体協議会にノーベル平和賞 今静岡からも高まる核兵器廃絶を求める声
今年のノーベル平和賞に被爆した人たちの全国組織、日本原水爆被害者団体協議会が選ばれました。静岡県内からも核兵器廃絶に向けた声が高まっています。
静岡県原水爆被害者の会 鈴木聖子会長:
「もっともっと核のない平和な世界にしていきたいというのが、それからこの被爆者の会を2世、3世、それから若い方々に継いでいってもらいたいっていうのが、私たちの希望だと思います」
13日、静岡市の寺で慰霊祭が行われ、遺族らおよそ60人が原爆で犠牲になった人の霊に手を合わせました。
この一年で、県内に住む被爆した人の8人が亡くなり、名前が慰霊碑に刻まれました。
寺には493人がまつられています。
遺族代表 被爆して今年亡くなった伊藤マスエさんの息子裕さん:
「母のように被爆したこと 一生苦労している方もいらっしゃると思います。人の人生を狂わすこの原爆の歴史は決して繰り返してはいけない。忘れてはいけないことです」
川本司郎さん:
「ノーベル平和賞をもらったということで、これはもう出席するのは 最後かなと思ってね」
手を合わせているのは川本司郎さん。
自身も広島で被爆し、日本被団協の県の組織「県原水爆被害者の会」で会長を12年間務めてきました。
1945年8月6日、広島に原爆が投下され、およそ14万人が命を落としたといわれています。
川本さんが被爆したのは8歳のとき。
投下された場所からおよそ2.3キロ離れた鉄橋の上でした。
川本司郎さん:
「瞬間に目を伏せたんですよ。耳をふさいで。少し経ってから目を開けたら真っ暗闇なんですよ爆風で」
全身をやけどした父親をほどなくして亡くし、街は、皮膚が焼けただれた人たちであふれる焼け野原となりました。
川本司郎さん:
「若い人に原爆というものを知ってもらいたいね。核兵器廃絶というのを、原爆を一発でも無くしてもらいたい。それが私の最後の願い」
川本さんはノーベル平和賞獲得は核を持つ国への大きなメッセージになるとし、政府も含め核兵器廃絶の声を上げ続けることが大事だと訴えます。
川本司郎さん「日本は唯一の被爆国でありながら認めていない。核兵器廃絶を新しくなった石破さんも、それを早く言ってもらいたい。アメリカの核の傘から離れて、本当の自由な日本になってもらいたい」