連載決まった矢先の発病…座れない「難病」漫画家は立ちながら執筆 発表の場はYouTube 静岡・磐田市

 YouTubeに投稿された、こちらの動画…。
アニメかと思いきや、漫画を動画で見せる『斬新な手法』で反響を呼んでいます。描いているのは、静岡県磐田市に住む漫画家、寺田浩晃さん、26歳。
漫画家 寺田浩晃さん:「僕って、見た目全然病気に見えないんですよ。症状的にも座れないとか、あんまり、いないじゃないですか、座れない人って」

- YouTube

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 難病を患った影響で座ることが出来ず、1日10時間以上、立ちながら漫画を描き続けています。

「一冊でもいい、自分の生きた証を残したい」

 そんな寺田さんが動画で訴えていること…
YouTube動画
「初めまして。5分だけ時間をください。一生のお願いです。一冊でもいい。自分の生きた証を残したい」
 かつては、人気漫画雑誌「少年サンデー」に読み切り漫画を掲載。出版社から才能を認められ将来を期待されていました。ところが…
漫画家 寺田浩晃さん:「(最初は)なんで自分が、と。そんなはずないとしか考えていなかったです。自分が難病なんてね」
 寺田さんを襲ったのは「好酸球性胃腸炎」。日本人の成人で数百人しか患者がいない難病。食べ物でアレルギー反応が起こり、胃腸に炎症を引き起こします。
漫画家 寺田浩晃さん:「週に何回かしんどくて動けなかったりとか、食べられるものが限られてて。症状がひどかったときは、何食べても吐くし、下から出るし、1番こわかったのは、1日ごとに体重が減っていく」

食べられるのは…海藻、納豆、青魚、みそ汁、麦飯、梅干しのみ

 想像を絶する苦しみを明かしていました…。
漫画家 寺田浩晃さん:「難病になり、僕は様々なものを諦めざるをえなくなった。食事…」
 ほとんどの物が食べられなくなり…、食べられるのは、海藻、納豆、青魚、みそ汁、麦飯、梅干しのみ…。
 それでも、寺田さんが漫画を描き続けたのには理由がありました。
 告白したのは、過去に受けていた、いじめや虐待…

初めて書き上げた作品…出版社に誘われたのは高校3年の時

漫画家 寺田浩晃さん:「(家庭で)虐待されたことは学校では隠していたし、(学校で)イジメられたことは家族に隠していました」
 幼少期、教室の片隅で、誰に見せるわけでもない絵をノートいっぱい描いていた寺田さん。絵を描くことが生きがいだったといいます。
漫画家 寺田浩晃さん:「家庭が複雑でそこから抜け出したかった。(漫画を描くことで)自由を手に入れられると思って」
 漫画家が夢となり、来る日も来る日もペンを握り続けました。

 その努力が実を結んだのは高校の卒業直前…。作品名「モノマネマン」。
 高校3年生の時に初めて書き上げた作品で、週刊少年マガジンに送ったところ、思いがけない返事が待っていました。

漫画家 寺田浩晃さん:「東京の編集部に送ったら、電話がかかってきて、才能あるから書いてみない、という誘いがあって。あーなんか、世界が開けた感じがして、『あっ、これで抜け出せる』って」
 部屋の片隅に置いてある段ボールには、これまでに書いた作品のネームや原稿が数百枚詰まっています。
原稿紹介シーン
「例えばこういう漫画のもとになるネームっていうんですけど」

漫画家 寺田浩晃さん:「見せてないのもいっぱいあるんですよ。人に見せるまでにいけないとか、納得いったやつしか見せたくないんで」

人気漫画誌に連載が決まった矢先に…

 2年前の夏、人気漫画雑誌「少年サンデー」に念願の連載が決定。しかし、その矢先…難病が判明します。
漫画家 寺田浩晃さん:「漫画でこれからだぞっていう時に今度病気かよって思いましたね/なんで自分ばっかりなんだろうなと」
 1年ほど部屋に引きこもり、周りとも連絡を取らずに生活。心の拠り所は、やはり漫画を書くこと。しかし…
漫画家 寺田浩晃さん:「10分~15分を超えると痛くなってくる。下半身が…。」

 合併症の影響で座れないという寺田さん。漫画を立ったまま描き始めました。そのため、締め切りがある週刊や月刊の雑誌に連載するのは、厳しいのが現実…

「生きた証として1冊の本に残したい」

●YouTube動画
「そこで悩んだ挙句、僕は、」
「YouTubeから、短編漫画を発信していくことに決めました!」
「『死』がいつも隣にいるようになり、今までもあった『ある思い』が
より一層強まってしまいました」
 多くの人に共感してもらい、「生きた証として1冊の本に残したい」…。YouTubeに投稿を決意した理由でした。
寺田 浩晃さん:「自分にしかない不幸とか理不尽を唯一武器に変えられるのが僕は芸術だと思っていて」
 話題となった作品が「黒猫は泣かない。」…。小学校卒業以来、会ってない同級生が亡くなった女性…。亡くなった男性は決して泣かないいじめられっ子でした。
●YouTube動画
「殴られても 蹴られても上履きを隠されても 机に悪口を書かれても 決して泣かなかった」
 しかし、声をかけた女性だけには、涙を見せたのでした。
 大人になった女性が不思議な黒猫と出会うことで、「誰かの励ましや希望になることもあれば、誰か傷つけてしまうこともある」
 そんなことを気づかせてくれる作品です。

作品展もコロナ禍で延期

 この日、寺田さんが向かったのは自宅近くにある磐田市の交流センター。寺田さんがここで開催するのが、自らの短編漫画の作品展です。その名も「放浪漫画家展」。
 会場の四方八方に立ち、作品が上映されるモニターの見え方や音の聞こえ方を確認します。

寺田 浩晃さん: 「後ろの席だと文字読めないですよ、もうちょい大きくできないですか。いっぱいいっぱいにできないですか」

 個展で上映するのがもうひとつの代表作「0」。
 小学校のクラスで起きたカンニング事件をめぐって繰り広げられる友情と成長の物語です

寺田 浩晃さん:「しんどいことばっかだけど、人生そんな悪くないかもなって思ってもらえたらうれしいです」

 体に鞭打ってなんども会場に足を運んだ寺田さん。作品展の開催が間近に迫っていましたが…。
菅総理:「緊急事態宣言の発出を決定をいたしました」
 東京などに3度目の緊急事態宣言が発令。県内でも第4波への警戒が強まる中で作品展を延期せざるを得ませんでした。

 自宅を訪ねると作品展のために準備していた漫画を見せてくれました。

寺田 浩晃さん:「ファイリングした漫画を置いて全部読めるようにするっていう予定だったんですよ。楽しみにしてくださった方がいっぱいいたので、その方達に対しては申し訳ないという思いと悔しいという思いがある」
 ただ、次の開催時期を尋ねると意外な答えが返ってきました。

寺田 浩晃さん:「この動画をあげてまだ3カ月とかなんですけど、目まぐるしく状況が変わってて、まだ自分には早いのかなというか、ユーチューブに来て、見て、漫画登録してていう人たちとちゃんとまだ向き合えてない気がしてて」

 作品展中止後、改めて漫画を見てくれた人からのメッセージをみて、そう思い直したのだといいます。

視聴者の声
「涙から笑顔に変わるのはすごくいいオチでした。人生もう少し頑張ってみようって気になりました」

視聴者の声
「私も持病を抱えてる者です。病気は残酷です。努力では乗り越えられない壁です。でもそれは、夢を諦める理由にはならない」
 まず、その声にしっかりと向き合うことから始めると決めました。
寺田 浩晃さん:「人生って闘いの連続じゃないですか、しんどいじゃないですか。(YouTubeの)コメントを読むと、同じようにしんどいものを抱えている人が多くて、それぞれが人生闘っている中で、たまに集まって、そういうところで笑えたらいいな。そういう場所の提供というか、そういう場所としていつか上映会とか大きくできたらいいなと思います」