10代、20代の若者が親や兄弟の介護をしているケースがあります。しかし、その実態はあまり知られておらず、当事者は孤独感を強めています。
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「お母さんおはよう。おはよう。起きるよ。起きるよ」

富士市に住む鈴木希依さんの朝は、母親の晶子さん(63)を起こすところから始まります。晶子さんは3年半前、脳の病気で歩けなくなりました。話すこともほとんどできません。

「さあ行きますか。ここ頑張るところだで~いくよせーのよっこいしょよいしょ」

Q.自分の母親の下の世話というのは抵抗ないですか?
鈴木希依さん
「あります。やっぱり下の世話はほかの人を見てもちょっと抵抗あるじゃないですか。そういう下の世話をしているときは、この人は自分の母親ではなく違う人だなみたいな。別の人と思ってみるみたいな」

鈴木さんが介護に直面したのは26歳のとき。もともと香川県で働いていましたが、晶子さんのために富士市の実家にUターン。色んなことに挑戦したいという夢をあきらめ、当時付き合っていた男性とも別れたといいます。

鈴木希依さん
「お母さん死んだらもう帰ってこないから、そのことの方がまずいと思って、今は自分を犠牲にしてもお母さんに自分の人生を全力で注ごう、今はそういう時期なんだなと思ってその時はあきらめました」

優先すべきは母。強い決意で介護と向き合ってきましたが、次第に孤独感を深めていていきました。

鈴木希依さん
「友達とも会わないでずっとお母さんの介護だけやってたら、お母さんに何かしてあげたいっていう気持ちよりも、お母さんのせいで何もできないっていう自分のことの方が大きくなっちゃって、ただただ苦しくなっちゃったんですよね」

それぞれの葛藤

 若い世代で介護に取り組む人に共通するのが周囲に理解されないという思いと人任せにすることに後ろめたさを抱えていることです。

鈴木さんの高校の同級生・沖侑香里さん(30)もその一人です。

沖さんは、子どもの頃から5歳年下の妹・茉里子さんの介護をしてきました。その後、大学卒業し、愛知県で就職。しかし5年前に母親が亡くなったため会社を辞め、富士に戻ると妹が亡くなる3年前まで介護を続けました。

沖侑香里さん
「普段、小さい時からお手伝いの延長線上に妹のケアがあったので、いつまでケアをするんだろうだとか。将来自分自身がやりたいこともあるけれども、それを優先してしまっていいのだろうかみたいな葛藤は、中学生ぐらいですかね、ずっと大人になっても抱え続けていた」

「静岡きょうだい会」立ち上げ

 沖さんは同じような境遇の人たちが思いを共有できる場「静岡きょうだい会」をおととし立ち上げました。先月には障害を持つ兄弟がいる人たちがオンライン上で集まり悩みなどを話し合う座談会を開きました。この活動の根底にはこんな思いがあります。

沖侑香里さん
「若い時に家族の介護をしてるって人にどれだけつながれるかというと。同じような立場の人となかなか出会いにくい。一人じゃないよっていう孤独に感じてしまったりとか孤立してしまってる人には伝えたい」

一人ぼっちじゃない 周囲の支え

 表に出にくい若者の介護について鈴木さんと沖さんは、周囲のほんの小さな気遣いが支えになると声を揃えます。

沖侑香里さん
「気づいていくときっとかかわり方とか声掛けとか変わっていくと思う、まずは知ってもらうということが、とても重要だと思ってます」

鈴木希依さん
「ちょっとした行動でもいいから最近頑張ってるねとか声をかけてくれたら、身に染みるんですよねその行動が、ずっと感謝してるんです。だからそういうのを行動で示してくれたらなんかどんどん輪がつながって、その人も一人ぼっちにならないかなって思います」

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