静岡県函南町出身で、きのう20日に引退を発表したサッカー元日本代表の内田篤人選手。母校・清水東高校の後輩たちからは、あこがれの先輩へ感謝の言葉があふれました。

1時間半かけて電車通学

 内田選手は2003年、清水東高校サッカー部に入部。自宅のある函南町から清水まで、約1時間半かけて電車で通学していました。
内田選手(国体前):「全力を出せば優勝できると思うので全力を出して優勝したいです」

鹿島に入団、1年目の開幕戦でスタメン入り 19歳で日本代表

 卒業後の2006年に鹿島アントラーズに加入。1年目の開幕戦からスタメンに抜擢され、翌年からのリーグ3連覇にも貢献しました。  日本代表デビューは19歳の時。右サイドバックとして活躍し、2度のワールドカップを経験。74試合に出場して2ゴールをあげました。

22歳で海外リーグ挑戦 「人間的に大きくなれると思った」

 そして、22歳で海外リーグに挑戦。
内田選手:「サッカーだけじゃなくて、人間的にも大きくなれるんじゃないかなと思って」

 ドイツの名門シャルケで、7シーズンに渡りプレー。ヨーロッパのナンバー1を決める、チャンピオンズリーグではクラブ初のベスト4に進出。2387分というプレー時間は、今でも日本人の最長出場記録です。

そしてケガと闘う日

 一方で、2015年に右ひざを手術してからはケガと闘う日々が続きました。  おととし、鹿島アントラーズに復帰しますが、今年のリーグ戦出場はわずか1試合にとどまっていました。

画像: 母校で初蹴り 2016年

母校で初蹴り 2016年

 内田選手は清水東高校で、正月に行われる初蹴りにも参加し、後輩たちを喜ばせていました。

サッカー部 水野琉太くん:「1年生の時に初蹴りに来てくださって、その時にお会いした。試合を一緒に見てくれました。本当に今までサッカー人生お疲れ様でしたって言いたいです」

熱海市から通うサッカー部員 岡部 草太くん:「(清水東に)来るのを決めたときに、内田選手も通ってたのを知って、憧れはありました。偉大な選手なので、負けてられないなと思う」

高校時代のコーチには電話で引退報告

 内田選手の高校時代のコーチで、現在監督を務める渡邊勝己さん。先週、内田選手から電話があったといいます。

渡邊勝己監督:「本人から直接連絡があって、引退することにしましたっていうことを聞きました。けがをしてから100%にならないので引退しますと。もう解放されてもいいんじゃないかなという気持ちで、僕は聞きました」

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