日本初の静岡市の更生保護施設の再開に密着 刑務所から出所した人たちに居場所を提供し、社会復帰を目指す
刑務所から出所した人たちに居場所を提供し、社会復帰を目指す更生保護施設。その始まりは静岡からです。今もある日本初の更生保護施設の再開に密着しました。
静岡県勧善会(かんぜんかい)。刑務所から出所した人たちに泊まる場所を提供し、仕事も紹介する日本で最初の更生保護施設です。藤原豊彦施設長は静岡地検の職員。
「令和4年4月26日が最後になってます」「ですからこの頃に収容者が出てしまって受け入れをしなかった」
勧善会の始まりは明治時代の1880年。1967年にこの場所に移って以来続けてきた出所者の受け入れは、この3年半止まっていました。
「これすごい立派ですよね」「これ検察庁の職員がもういらないっていうもんですから、」
施設の修理も済み、3年半ぶりの出所者の受け入れが迫っていました。
「一応こちらに布団を用意しましたんで」
「現在刑事裁判中の人が執行猶予の判決を受けて釈放されるんだけど帰る家がない、そういう方が入っていただく予定」
この日、やってきたのは―
(白髪の男性)「よろしくお願いします」
施設長と同い年、64歳の男性です。
「直前は熱海の警察署に」「自分の場合は無銭飲食」
逮捕されたのは去年11月。
「所持金は27円です」「1週間飲まず食わずでカラオケボックスに行って、飢えと寒さをしのいだ」
施設にいられるのはおよそ半年。その間に仕事を見つけ生活資金をためなければなりません。
Qこういう施設は助かる?
「あれば助かりますね、すごく助かる」「お金もないし、もうどうしようもないじゃないですか」「またそうなると何かしらの犯罪を犯して、また警察のお世話になるしかない」
去年、静岡刑務所からは165人が出所。県内にある更生保護施設はここを含め2カ所。今月施設の入居者は7人まで増えました。
日曜の夜は週に1回、女性の常務理事が手料理をふるまいます。1日の食費は1人3食合わせて1000円ほど。ひときわ若い少年の姿もありました。
Q熱い?
「はい」「やっぱカレーってこうですね」
少年院で出るカレーと違い、とろみがあることが意外だったようです。
「ここに来る前は少年院にいました」「おととしの10月から」「窃盗とか、軽犯罪とか、建造物侵入、器物損壊」
小学1年のころから警察の世話になっていたという16歳の少年。両親は離婚し、自分を引き取った母親は別の男性と同棲し家をあけるようになりました。
「自分の家には兄弟だけ。母さんは母さんちに住む。食費とかはもらえるんで」
別居ながらも親しみを持っていた父親とは中学1年で死別。そして中学卒業前に窃盗未遂で逮捕され、少年院に送られました。
「(自分が)変われるかって言われたら今そうだとは言えない。けど変わるしかないんで変わろうと努力しています」「最終的には二十歳になったらもっといろんな人に、提供できる大人になりたい」
3月22日、静岡県勧善会の再開を祝う集まりが開かれました。再開には静岡地検や地域の保護司ら大勢の人の協力がありました。ただ更生保護施設運営にも物価高の波が押し寄せ、厳しさを増しています。
藤原施設長
「いろんな面でちょっと(涙)…本当に皆さんがいたんでやっとここまできた。ありがとうございました」
地域の自治会長を務める市議は施設が変わったと感じていました。
小黒二丁目自治会長 井上智仁市議
「以前からあったんですけど、あまり地域に開放されてなかった部分が多くて、これからまたちょっと違う形で地域の皆様と一緒に街作りをしていってもらえるのかなっていうことも期待しながら、この施設が成長していければなと」
平日は検察庁の仕事をこなし、週末は毎週勧善会に通う施設長。
藤原施設長「感無量ですよ」「1年前は、僕多分この桜を見ながら途方に暮れてましたよ。きっと。こうやって眺めながらどうしていこうかな1人じゃ何もできないしなって思ってた」
更生の可能性を信じて進んできました。
Q藤原さんは、人は変われると思います?
「変われますよ。うん、変われます。絶対変われると思います。変われないっていうのは、支える人がいない。やっぱそこをみんなで支えてあげれば、わかってくれると思います」