「助けてあげられなくてごめんなさい」…娘を亡くした父親の思い バス置き去り園児死亡事件 静岡・牧之原市
牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で3歳の女の子が送迎バスに置き去りにされ、死亡した事件から7カ月以上が経過しました。亡くなった女の子の父親がインタビューに応じ、今の心境を明かしました。
河本千奈ちゃん:
「動いてる。赤ちゃんが」
「動いてる。見て」
河本千奈ちゃんの父親:
「この動画は千奈が次女に対してミルクをあげている動画です。お姉さんとして優しい表情で次女に接してくれています」
「私たちの中心主役でした。明るくて元気で活発。少しまあ子どもですので、わがままな部分もありましたけれど、幼稚園に通ってからは集団行動も慣れてきて、すごく成長が目に見えていたので、これからもずっと楽しみにしていました」
【事件振り返り】
去年9月
牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で送迎バスに園児が置き去りにされ、重度の熱中症で死亡しました。
亡くなったのは河本千奈ちゃん、3歳。
事件当日の牧之原市の最高気温は30.5℃。
千奈ちゃんはバスの車内に5時間以上閉じ込められました。
バスの車内には脱ぎ捨てられた制服やブラウスがあり、朝に満杯に入れた水筒のお茶は空になっていました。
【事件当日の父親】
河本千奈ちゃんの父親:
「妻から14時20分ごろ、会社に連絡がありました。会社で私を呼ぶアナウンスが聞こえたので。電話を取りに向かいました。電話には妻の携帯番号が表示されていたので、何かあったのかなと思いました。受話器を取ると妻がものすごく動揺している様子で『千奈ちゃんが、千奈ちゃんが大変と。バスの中に置き去りにあって』そういうようなことを言っていました。」
連絡を受け、父親は急いで病院に駆け付けました。
河本千奈ちゃんの父親:
「朝、妻が結ってくれた三つ編み、前髪、汗でびっしょりと濡れている状態で生気は感じられませんでした。(医師から)心臓マッサージをしているから(心電図が)動いています。やめるとゼロになってしまいますというような会話をしました。やめてもいいですかと言われました。それに対して私たち夫婦は答えられませんでした」
事件当日、バスを運転していたのは普段の運転手ではなく当時の増田立義園長でした。
園長と一緒に乗っていた職員はバスを降りるときにチェックをせず、当時の担任も園に千奈ちゃんが来ていないことに気付いていながら、保護者に確認はしませんでした。
河本千奈ちゃんの父親
「千奈は幼稚園に行くことがすごく楽しみにしていました。朝寝ているときになかなか声をかけても降りてこないんですけど『幼稚園行けなくなるよ」って声をかけると、すぐに目を覚まして降りてくる。幼稚園を楽しみにしていた。そういうような印象があります」
【事件の翌日】
事件の翌日、遺族は自宅に園の関係者を集めました。
河本千奈ちゃんの父親:
「私たちが『廃園を希望する』と。
それに対し、『何か意見はありますか』と確認したときに誰も反対するような意見は言いませんでした。
何か一筆念書として書いてほしいと。
しかし強制ではなく書きたくなかったら何も書かず、帰ってくれて構わないというようなこともしっかりと伝えました。
9名のうち8名が『職員をやめる』『廃園を希望する』と書いてくれたのに対し、前園長の増田立義だけは『暑かったろうな』『苦しかったろうな。ごめんね千奈ちゃん』という幼稚な文を残しました。
それを見て『本当に謝罪する気があるのか』『こんな幼稚な文を残して納得できない。ふざけるな』ということを言ったら向こうが怒るような態度で『わかりましたよ。
他の人たちみたいに私も書きますよ』というようなことを言って『廃園にいたします』と書きました」
しかし、翌日行われた保護者説明会では「廃園」の方針は示されず、園も事件から1か月後に再開しました。
河本千奈ちゃんの父親:
「川崎幼稚園に対して求めることは、廃園または別法人へ引き継いで、今の在園児の安全をしっかりと確保してもらうことです」
「(こういった事件を防ぐには)子どもたちの周りの大人の意識しかないと思います。それは安全装置を利用するという面でもしっかりと活用して。それ以外に目視で確認をする。決められたルールややり方をしっかりと守って行動する」
【今】
事件から7カ月以上が経過しましたが、父親にとっては、あの日から時間が止まったままです。
「私が千奈に謝っていて。千奈がそれに対して私に寄り添って抱きしめてくれているような夢を見ました。ですが、千奈は何も声を発していなかったような覚えがあります」
「助けてあげられなくてごめんなさい」
娘の成長を見たかった願いは叶いませんでした。