新型コロナで公演中止の連続…収入途絶えたオーケストラ楽団員を支えた「声」 静岡市
静岡市清水区の清水文化会館、通称・マリナートに響く声。感染症対策をしたうえで入場できるこちらの場所。サーモグラフィが、カメラの前を通る来場者の体温を測ります。6日、この会場で演奏会が開かれました。
ステージに立ったのは静岡交響楽団です。
普段と違い間隔のあいた客席。しかし、会場は大きな拍手に包まれました。
静岡市50代女性:「久しぶりの生の演奏に触れられて幸せな気分でした」
静岡市50代男性:「きょう、こういう日が来て、よかったなと思います」
「音楽の再開」を待ち望んでいたのは、プロの演奏家たちも同じです。
静岡交響楽団 宮沢敏夫専務理事:「楽員が何も動けない状況で、何をしているかと思うと、いても立ってもいられない」
静岡交響楽団 近藤由理さん:「安心感とドキドキもありますけど。安心感がだいぶ増えました」
静岡交響楽団 篠原拓也さん:「すごく楽しみです。今は」
今までのように演奏会を開くことは難しい。それでも、音楽の力を信じて音楽と向き合うコロナ禍のオーケストラを追いました。
7月上旬までの公演はすべて中止か延期
静岡交響楽団は、32年前から活動しているプロフェッショナル・オーケストラ。定期演奏会や子ども向けの音楽鑑賞会、街中でのコンサートなど年間の公演数は約150回にのぼります。
しかし、新型コロナの影響で今年2月下旬~7月上旬の間に予定されていた公演はすべて中止、または延期になりました。
楽団員の多くは、生活の支えとしていた仕事を失いました。
収入も途絶え… 励みは周囲の声
首席オーボエ奏者の篠原拓也さんもその中のひとりです。
篠原拓也さん:「最初は困惑した。奥さんも楽器をやっているので、僕と同じように本番がなくなって収入が途絶えて、暮らしていくことに対する不安があった」
全国で演奏活動を行う篠原さん。演奏会がない間は貯金を切り崩し、自宅でオーボエの練習を続けていました。そんな生活の中で、篠原さんの励みに
なったのは「周囲の声」です。
新型コロナ感染拡大をきっかけに開設された楽団の公式YouTubeに演奏動画を投稿したところ…。
篠原拓也さん:「動画を見て、直接いろんな声を聞かせてくれた。『涙が出た』とか『勇気をもらった』とか『震えた』とか、その時に初めて『自分は人に演奏を聴いてもらいたいと、ずっと思っていたんだ』と気づいた」
静岡市出身のバイオリニスト「静岡交響楽団は、子どもの時から身近な存在」
バイオリニストの近藤由理さんは静岡市の出身です。
静岡市内に住んでいる近藤さん。静岡交響楽団は、子どもの時から身近な存在だったといいます。
近藤由理さん:「私は静岡市民なので、子どもの時から時々見に行っていた」
近藤さんは演奏活動のほかに、自宅で子どもたちにバイオリンを教えています。この日来ていたのは、近藤さんの甥と姪です。コロナの影響で、一時はこうした対面のレッスンも難しい状態だったといいます。
近藤由理さん:「オンラインのレッスンをずっとやっていた。私も全く外に出ず、パソコンに向かって1日中レッスンをしているような状態で…」
大人数の曲はできない
今回の「第96回定期演奏会」は楽団にとって大きな挑戦となりました。
当初予定していた曲が、合唱を伴うため変更となり、これまで楽団で演奏したことのない、ブルックナーの第7番など2曲が決まりました。
変更の狙いを 静岡交響楽団ミュージック・アドバイザーの高関健さんにうかがうと…
高関健さん:「オーケストラがコロナの問題で、広がって演奏しなければいけないと言われていた時期があった。どうしても大きな編成(大人数)の曲ができない。ここにきて、少しいろいろなことがわかってきたので、少し大き目の曲をやろうと。その中の最初のものとしては、ブルックナーが大きすぎないので、それでも立派な作品なのでちょうど良いのではないか」
演奏会を成功させるため、裏方のスタッフも大忙し。こちらは演奏会の客席の配置表。黒い部分には観客を入れずに、客同士の間隔をとります。
ホール借り切りリハーサル…費用は3倍に
リハーサル
本番3日前からは、リハーサルが始まりました。演奏者同士が 前後に1.5メートル以上離れるよう席や譜面台を配置します。 スタッフ:「ディスタンスをキープしていただくようによろしくお願いします」
このように、会館のホールを貸し切ったリハーサルは異例のこと。通常に比べ、費用が約3倍かかってしまいますが、密集を防ぐための取り組みです。
高関さん:「おんなじテンポでいきます」
楽員たちは、演奏しながら曲のテンポや音の強弱を確認。この日と残り2日間の練習で曲を仕上げていきます。
本番当日
体温チェック
本番当日。メンバーがマリナートに続々と集まり、検温を済ませます。 ディレクター:きのうまでの練習の手ごたえはどうでしたか?
篠原さん:「いろいろ細かい調整ができて、3日間あって本当によかった」
手ごたえは十分のようです。本番を前に、篠原さんは「リード」と呼ばれるオーボエを吹くのに欠かせない木片の湿り具合や形を入念に調整しました。
近藤さんも弦の張りや音などをチェックします。
最終リハーサルでは約2時間をかけ、気になる箇所のみを演奏しました。
篠原さんは、本番が近づいても、オーボエの状態を黙々と確認していました。
篠原さん:「もうここまでくると、お客さんたくさん来てくれたらうれしいなっていう…」
「ただいま開場でございます。順にお入りください」
1つ飛ばしで席につく観客。遠くから見ると、まるで模様のように見えます。
一方、本番直前の舞台袖は、管楽器以外の人がぎりぎりまでマスクをつけ、開演を待ちます。
篠原さんは、入場の合図で真っ先に舞台へ向かいます。舞台上でリラックスした笑顔を見せる篠原さん。
近藤さんも客席を一目見て、ニッコリ。指揮者も、ひじを使ったハイタッチでお互いを鼓舞します。
シューベルトの「未完成」では、オーボエの篠原さんがメインのメロディーで登場します。
ブルックナーの「交響曲第7番」は壮大なクライマックスとなりました。
観客からの盛大な拍手。
メンバーは立ち上がり、拍手に全身でこたえます。互いの活躍をたたえる拍手は約4分間、鳴りやむことがありませんでした。
演奏会を見届けた観客は…
静岡市50代男性:「12年くらい定期会員でずっと聴いている。ここまでのレベルですばらしい響きが聴けたのはファンとしてうれしい」
静岡市50代女性:「久しぶりの生の演奏に触れられて、とても幸せな気分でした」
生で演奏できる場のありがたみをは、演奏者の2人も感じている…
篠原さん:「こんなに幸せなことはない。まだ中高生の吹奏楽やっている子たちとか、まだ本番もできていないような学校がたくさんある中で、機会があって舞台に乗れているというのは本当に幸せなこと。コロナがあったから余計にそう思う」
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