84歳、まだまだ現役 父から受け継いだ“茶飴”を60年以上作り続ける和菓子職人の信念

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 きょう21日は敬老の日。総人口に占める65歳以上の高齢者の割合は29.6%で、過去最高を更新しました。高齢者の就業率も高まる中、静岡で「生涯現役」を貫く84歳の和菓子職人を取材しました。

 「父親と母親がやっていたから、なんとなく(この道に)入った。後悔はしていない。やっぱり伝統文化を考えていくとすごいこと」

 望月茶飴本舗2代目社長、望月功さん、御年84歳。昭和元年(1926年)、父、安一さんが、静岡浅間神社のそばに和菓子店を開いたのが始まりです。高校卒業後、父の元で茶飴づくりを始め、職人歴は60年以上。当時から販売が続く「茶の字茶飴」は、断面に現れる「茶」の文字がかわいいと今では海外からの観光客にも人気の商品に。また、茶飴の他にも、新たな看板商品「ひとくち羊かん」を生み出すなど、84歳になった今も、現役で和菓子作りに励んでいます。

84歳、まだまだ現役 父から受け継いだ“茶飴”を60年以上作り続ける和菓子職人の信念

望月茶飴本舗 望月功社長:「(茶飴の)生産量は減ったが、実際は需要がある。どこに出しても返品がない。販売面からみるとすごく強い商品」

 砂糖と水飴、静岡産の抹茶のみで作るシンプルな「茶飴」。こちらでは週に2~3回、1日およそ7000個を作っていて、ピーク時と比べると、生産量は半分ほどになりました。

 生地を練り、棒状に伸ばしては重ねてを繰り返す、体力勝負の作業。それでも、望月さんが茶飴を作り続けるのには、理由があります。

望月茶飴本舗 望月功社長:「父親はあまり売ることが好きではなかったから、一生懸命、黙々と作っていた。母が言うには、大変なことがあっても必ず毎日やることはやった。だから、この事業が守れた。そのことはいつも頭にある。(茶飴の)生産量は減ったが、実際は需要がある。どこに出しても返品がない。販売面からみるとすごく強い商品」

 砂糖と水飴、静岡産の抹茶のみで作るシンプルな「茶飴」。こちらでは週に2~3回、1日およそ7000個を作っていて、ピーク時と比べると、生産量は半分ほどになりました。

 生地を練り、棒状に伸ばしては重ねてを繰り返す、体力勝負の作業。それでも、望月さんが茶飴を作り続けるのには、理由があります。

望月茶飴本舗 望月功社長:「父親はあまり売ることが好きではなかったから、一生懸命、黙々と作っていた。母が言うには、大変なことがあっても必ず毎日やることはやった。だから、この事業が守れた。そのことはいつも頭にある」

84歳、まだまだ現役 父から受け継いだ“茶飴”を60年以上作り続ける和菓子職人の信念

 父の茶飴への思いは、望月さんの原動力となり、経営者としてのヒントも与えてくれました。

望月茶飴本舗 望月功社長:「小さい頃から茶飴で大きくしてもらったから。この年になるまで。羊かんも忙しいけど、土台(茶飴)がなければ、羊かんはやれなった」

 気温や湿度によって生地の硬さが変化するため、研ぎ澄まされた感覚も重要となる「茶飴作り」。誰にも負けない“技術”と“味”を引き継いでこそ、未来につながると言います。

望月茶飴本舗 望月功社長:「友達に会っても“おい!今でも飴やっているか?”。やってるよと言うと、自分の道かなと感じる」

望月茶飴本舗 望月功社長
望月茶飴本舗 望月功社長

 脈々と受け継がれる伝統。望月さんの思いは3代目にも伝わっています。

望月茶飴本舗 望月一史3代目(息子):「生涯現役で、今のうちにどんどん吸収して、自分たちの足りないところを見習って頑張っていきたい」

84歳、まだまだ現役 父から受け継いだ“茶飴”を60年以上作り続ける和菓子職人の信念

 日々前向きに働く望月さんの元気の秘訣。それは…

 高校時代に始めたクラリネット。“茶どころ静岡”を盛り上げるため、お店に立ち寄った客に披露したり、動画サイトに静岡県の民謡「ちゃっきり節」を演奏する様子を投稿したり…。

 番組でも12年前に取材した際、陽気に演奏を披露してくれた望月さん。今回もはりきって演奏してくれました。

84歳、まだまだ現役 父から受け継いだ“茶飴”を60年以上作り続ける和菓子職人の信念

 最近は体力的な問題で、職人としての仕事は減らしているという望月さん。それでも歴史ある駿府の地で、老舗の誇りを胸にきょうも3代目と共に、和菓子作りに精を出します。

望月茶飴本舗 望月功社長:「現役でやるのと同時に、ずっとやりたい。息子とやっているのは楽しいからね。世界の和菓子と言っても大きくするという気持ちではなく、市場が広くなってきているから、そういう変化にもついていかないといけない。作り上げたもの、自分は何をしてきたかということを伝えて、それを(後世の人々が)参考にしてくれたら良い」