ユーチューブ撮影の様子:
「今回は、“緊急事態、抗てんかん薬が出荷停止に”ということで、こちらのニュースをお伝えさせていただきます」

- YouTube

youtu.be

自宅でSNS用の動画撮影を行うこちらの男性。今回のテーマは、抗てんかん薬に関するニュース解説だといいます。

浜松市に住む中村真二さん、32歳。普段は事務員として働く一方、ユーチューバーとしても活動しています。

中村真二さん:
「『てんかん』を持っている自分だからこそ伝えられることがあるだろうと思って始めたというのがきっかけ」

持病の「てんかん」を抱える中村さん。

てんかんとは、けいれんや手足の硬直といった発作を引き起こす脳の病気。誰でもなりうる病気で、患者の数は100人に1人いるとされています。

薬を服用すれば患者の多くは通常の生活を送ることができますが、病気に対する社会の理解には課題も残ります。

そこで中村さんが始めたのがYouTubeへの動画投稿でした。

データや実体験を交え、てんかん患者には「こう聞いてほしい」を分かりやすく解説。再生回数はすでに7万回を超えています。

コメント欄には同じてんかんを抱える人からの「共感した」といった声や「勉強になった」、「理解と助け合いが大事」といった、たくさんのメッセージが。

中村真二さん:
「コメントをいただくようになって、この動画を見て涙が出てきましたとか救われましたとかいうコメントがあって、それを見ることによって僕自身が元気と勇気をもらっているなというのがすごく実感の中である」

「リンカーン中村のてんかんチャンネル」。これまでに200本以上の動画を投稿し、登録者数は5000人を超えています。

画像1: 「“てんかん”だからこそ」32歳ユーチューバーが紡ぐ言葉の力

今や「てんかん」で悩む人たちを支える存在ともいえる中村さんですが、その背景にはこれまで経験してきた苦しい思いがありました。

3人兄弟の末っ子として生まれた中村さん。小学生の時に見たお笑い番組がきっかけで、将来の夢はお笑い芸人。

しかし、高校1年生の時。人生最初の発作が中村さんを襲います。

中村真二さん:
「この家から自転車で家を出まして、立ち漕ぎで走っているタイミングで、くらっと一瞬、体が揺れて。なんだろう、これはやばいなと思ったらもう意識がなくて、次にパッと目が覚めたら救急車の中で、すごくパニックになってしまって。助けてくださいって必死にパニックになりながら叫んでいて、『大丈夫です、安心してください』って言って落ち着かせてもらって、そのまま救急車搬送されたというのが1回目のてんかんの発作になります」

「てんかん」を発症し、中村さんの学生生活は一変します。いつ起きるかわからない発作におびえる日々。発作は修学旅行中にも起こり、周りのように楽しむことはできませんでした。

高校卒業後、中村さんは夢を叶えるために上京し、お笑い養成所に入学。しかし、発作のため一人暮らしが難しくなり、地元に戻ることを余儀なくされます。

その後、就職活動を始め、直面したのがてんかんに対する社会の偏見です。

中村真二さん:
「(面接で)実はてんかんという病気をもってましてと言うと、『そうなんですね、わかりました』と言って、結果不採用みたいな。てんかんを持っていることで、仕事にもまともに就けなくて、発作が出るたびに周りの人に心配や迷惑をかけてしまって、何のために生きているんだろうと考える時期があった」

そんな中村さんを苦しみの底から救ったのは、高校時代の友人からの言葉でした。

中村真二さん:
「友達が 『てんかんってすごく個性じゃないか。てんかんに何かを組み合わせたら、それだけでお前の武器になるんじゃないか』と言ってくれて。その時に、自分のこのてんかんが個性だとしたら、それを使って誰のためになれるんだろうというのを少しずつ考えていった」

てんかんを個性だと語り、「うらやましい」と話す友人の言葉に中村さんは本当に命を救われたと話します。

「てんかん」×「YouTube」。現在の活動の原点は、この時の友人の言葉にありました。

中村真二さん:
「すごく簡単に人の人生を変えられるんだなと、何気ない言葉でも。というのはすごく感じたので、今度は僕がそういう存在になれればいいなと思って、今の活動をしているというのはある」

画像2: 「“てんかん”だからこそ」32歳ユーチューバーが紡ぐ言葉の力

この日、中村さんの姿は母校・浜松湖東高校にありました。

中村真二さん:
「きょうは母校である湖東高校のホームルーム講話ということで、講演をさせていただくということになっています」

ユーチューバーの傍ら、講演活動も行っている中村さん。全国各地でこれまでに40回ほど講演していて、母校は毎年訪れています。

中村真二さん:
「(Qきょうの講演は具体的にどんな内容?)そうですね、僕がてんかんという病気になって一番感じたのは、いつ人生が終わってもおかしくないということ。僕だったら発作が起きるタイミングによってはきょう、もしかしたら人生が終わってしまう可能性もあるので。聞いてくれる生徒の皆にも後悔なく日々を過ごしてほしいなという思いから、後悔しないためにはどういったことが必要なのかということを僕が経験してきたことから伝えていこうかなという感じ」

打ち合わせを終え、いよいよ生徒が待つ教室へ。

中村さんの講演は生徒による選択希望制、この日は1年生39人が参加しました。

中村真二さん:
「ある日、家の台所でお母さんが僕の目を見ずにこんなことを言ってきました。『元気な子どもに生んであげられなくてごめんね』と。これを聞いたときに僕はハッとしました。僕がてんかんのことで悩んだり、落ち込んだりしていると、僕以上に悲しんだり、落ち込んだりしている人がいたからです。それ以来、僕は決めていることがあります。それはてんかんをもっているけれど、誰よりも人生を楽しんでやろうと決めています。自分の人生がどうなるかというのは誰かが決めるわけでもないし、何かが決めるわけでもないし、病気が決めるわけでもない。自分自身で決められる。僕はてんかんをもっているが、それがあるからこそ毎日いま充実して楽しい日々を過ごしていると自信を持って言えます」

中村さんしか話せない、中村さんが話すからこそ響く言葉。生徒たちはどう受け止めたのでしょうか。

生徒:
「一度きりの人生を後悔しないために、しっかりとちょっとでもやりたいなと思ったことを、これからしっかりできるような勇気をもらった」

生徒:
「今回の講話を聞いてこれからの長い人生の計画を考えて、やりたいことをたくさん見つけていきたいと思った。僕も持病とかで苦しんでいる方を助けていきたいなとか、前向きな気持ちになった」

講演を聞いた生徒の中にはてんかんを抱える生徒もいました。

小学3年生からてんかんを持つ生徒:
「ずっとネガティブな方向で考えていたので、プラスに考えることができるいい機会になったのかなと思う。自分のやりたいことを探すことができたので、将来それをやりたいなと思う」

画像3: 「“てんかん”だからこそ」32歳ユーチューバーが紡ぐ言葉の力

てんかん患者と社会をつなぐ架け橋となっている中村さん。

「病気は個性」。自分を通じて、てんかんという病気を多くの人に理解してほしいという思いが活動の原動力です。

中村真二さん:
「てんかんと向き合っている人がどういう人生を歩んでいて日々何を思っているのか。そういったところを聞いてもらう中で、それを自分に置き換えた時に、自分も例えば病気やコンプレックス、悩みがあるけど、それとどう向き合って前向きに生きていこうと思えるか、そのきっかけになれば良いと思っている」

This article is a sponsored article by
''.