時間が止まった『被災地』…200人超の住民の避難生活続く 海底に残る土砂…いなくなったナマコ 【静岡・熱海土石流災害2年】
28人の命が奪われた土石流災害から2年。いまだに200人以上の住民が避難しています。
遺族は…
田中公一さん:「毎日、次の日からほとんどここに私来ていて、捜索の状況を朝から晩まで見ていて、いつ見つかってくれるかなと」
被災者の田中公一さん(73)。自宅にいた妻の路子さんが犠牲になりました。田中さんが知り合いの安否確認のため、車で外に出ている間に土石流が家を直撃。そのころ携帯電話には数分おきに路子さんから着信がありましたが、田中さんは電話に出られませんでした。
田中公一さん:「出てやれなくてすまない。ずっとそれは感じています。何もしてやれなかったな、お前がずっと助けを求めているのに。何とか機嫌だけは直してくれ」
募る『行政への不満』
田中さんが繰り返し訴えるのは行政への不満です。
熱海市は被災者自身が宅地を復旧して、その費用の9割を市が補助し、残りの1割については被災者が負担する方針を示しましたが、その後、被災者から「聞き取りが不足している」と批判の声が上がり、市は予算案をいったん取り下げることに決めました。
田中公一さん:「人の物を壊したんだから、すいませんと直すのが普通でしょ。うちは9割負担するから、1割あなたたちが負担でしょ、と言うこと自体俺は不自然だと思う」
土石流の起点に残る盛り土 県は行政代執行で土砂の除去作業
伊豆山の住宅を襲った土石流。その起点となった場所を訪れました。
伊地健治アナウンサー:「この場所が去年10月から行政代執行で土砂の除去が行われている起点付近の現場です。ここからはるか下を見下ろすと、海面が見えます。ここから急斜面を大規模な土石流が流れ下ったということが、ここからだとよくわかります」
起点付近に残る盛り土をめぐって県は去年8月、前の土地所有者に土砂の撤去を求める措置命令を出しましたが、期限とされていた日までに工事は行われませんでした。
難波喬司 県理事(当時):「不安定状態で残っている土砂を撤去するよう命令しましたが、実行される見込みがありません。よって本日行政代執行を開始します」
県は去年10月、行政代執行を開始し、残った盛り土の撤去を始めました。
盛り土の起点を上空からも見てみました。
伊地健治アナウンサー:「上空から見ても、この土石流の起点部分、えぐられた谷のようになっていて急斜面で重機が作業している様子が分かります。ショベルカーが土砂をすくって別の重機に移し替えている様子がわかりますが、そのショベルカーも大変急な斜面で作業していることが分かります」
実際に行政代執行を始めると、予想以上に地盤が固められていないことが分かり、慎重に作業していく必要があるため、完了までには時間がかかっているということです。
県熱海土木事務所は警戒区域が解除される9月1日までには、土砂の撤去と法面の工事を完了させたいとしています。
流れ込んだ土砂は2700立方メートル 伊豆山港
起点から流れた土砂は、はるか下の伊豆山港にまで到達しました。ここでも重機による作業が進められています。
金子友一さん
Q.あの土砂は港に堆積した土砂?
A.「まだスロープの下だけの土砂ですよね。ここだけの土砂」
Q.港の中の土砂は取り切れてない?
A.「取り切れていないです」
漁師の金子友一さん(57)。ここ伊豆山港で20年ほど漁師を続けています。伊豆山港には土石流によっておよそ2700立方メートルの土砂が流れ込みました。
金子友一さん:「泥の上に砂が堆積するような段階なので、手をつくとズブズブと30センチくらいは入りますよね」
一度底にある土砂を取り除いても、時間が経てば再び堆積していくため、継続して取り除くことが必要だということです。
Q.2年経ちますけど、現状が元通りになるには?
A.「もう、どれくらいかかるかわからないですね。元々、アマモとかきれいなところにしか生えない海藻もいっぱい生えていたんで、冬になるとナマコとかも湾内でいっぱいとれたが、今はもう全然とれない」
土石流災害から2年。唯一の行方不明者となっていた太田和子さんの遺骨も発見され、伊豆山港での捜索も終了しました。
漁師 金子友一さん:「もう2年間かという気持ちもあるし。まだ2年しか経っていないという気持ちもあるけど、亡くなった方が全員見つかってよかったなという思いが、一番強いですよね。やっぱり、どうして(災害が)起こったのかですよね。隠していることもあると思うので、そこをはっきりしてほしい」