たった一つのクリーニング店 土石流災害から1年に密着 店を再開しても心境は複雑「帰ってこない命もある…」 静岡・熱海市
岡本政夫さん:「ご苦労様~」
岡本尚子さん:「伝票、今書いちゃうから。熱海の方はそれ今それからやるから。んで、またきょうもまたお弁当にした。時間なくなっちゃったから」
岡本正夫さん(70)と妻の尚子さん(69)。尚子さんの親の代から72年続く、老舗です。
取り扱うのは、旅館のタオルや浴衣、それに伊豆山地区の住民の服などさまざまです。政夫さんは配達に。尚子さんは、その支度を整えます。
店内に流れ込んだ土砂
国道を埋め尽くす土砂。店の中にも流れ込みました。
岡本尚子さん:「目の前真っ暗でしたよ。父から受け継いだお店がこんな泥だらけになって。どうしたらいいんだろうって。とにかくもう、自分たちの先のことを考えても、私たちに今何かやれっていったら、洗濯屋なら主人とふたりでどうにか力を合わせて出来るけれども、それ以外のことは本当に一から始めなきゃならないから。どうにか、目途がついたなら、もう、それに向かってやっていこうって。もうそれだけでした」
去年7月9日
発災の6日後。政夫さんが店の荷物を車に積み込んでいました。
岡本政夫さん:「もう一週間も過ぎちゃっているとお客さんだって、制服とかそういう物もどんどんもう届けてやらなくちゃならない。まだ復興していないのに仕事をさ、自分たちの仕事だけやってということもあって、批判も出ると思いますけど…」
発災当時、店で預かっていた数十着のお客さんの服を、市内の同業者が代わりに預かってくれることになりました。
岡本政夫さん
「この帽子はこういう感じで仕上げてもらいたい。」
長沼浩樹さん
「とにかく、我々からすれば、早く、岡本さんが、元の仕事にちゃんと戻って、できるように」
再開に向け、少しずつ、一歩ずつ。
去年8月3日。発災1カ月 土砂はかきだしたが再開のめど立たず
岡本尚子さん
「亡くなった方、知り合いもいたし、ご冥福を祈って、生きている私たちが頑張りますからねという感じで」
同じ日、保険会社の査定を受けました。
店内の土砂は?き出しましたが、再開のめどは立っていませんでした。
岡本尚子さん
「きょうは査定していって、あとは業者さんに見積もりを取って、それがどれくらいで出るかどうか。まだまだこれからですね。1カ月経ってもまだこの状態で、本当にいつ再開できるんだろうという不安な気持ち、それから、焦る気持ちです。いろいろありますけれども、ああでも、やっぱり頑張って早く店を開こうって。もう毎日それがもう入り混じっていますね。ああ、きょうは一歩進んだけど、ああ、あしたはどうなるんだろうとか、そういう日々の繰り返しです」
去年11月 発災4カ月 お店再開
去年11月、発災から4カ月が経ちました。
午前8時開店、きょうからお店の再開です。届いた花は、店内にそっと…。
内装は全てリフォームしました。
岡本尚子さん
「結局家の立て直しから、機械から、何からでやっぱり1000万円近くかかりました。」
キレイになった店内。それでも…。
岡本尚子さん
「こういう車のこの中に入っているのよ。まだ出てくる。泥がまだ出てくる」
アイロンかける。一つ一つ丁寧に。
岡本尚子さん
「こうやってお持ちするわけです。15枚ずつ。こんな感じです」
浴衣やタオルを旅館に
きょうからまた、浴衣やタオルを旅館に届けます。
岡本政夫さん「こんにちは」
旅館:「良かったね」
岡本政夫さん:「ええ。お陰様で」
旅館:「うちも頑張りますから」
岡本政夫さん「こちらこそ本当に」
旅館:「これからもよろしくお願いしますね」
岡本政夫さん:「こちらこそよろしくお願いします。」
岡本政夫さん
「一安心ですね。これだけお客さんが待っていてくれたということは、文句ひとつ言われないで、『ご苦労様』と言ってくれて、本当にそれは感謝ですね。」
6月… 「いまだ帰れない人がいる。帰ってこない命もある。本当に複雑…」
伊豆山地区にたった一つのクリーニング店。
岡本尚子さん
「仕事ができてうれしかったけど、半面、うしろめたい。もっと私たちよりずっとね、親族流されたり家ごと全部なくなったりした方がいらっしゃるわけじゃないですか。お花なんかもいただいたけれども、なるべく表に出さないで家の中に置いておく。ただその中にもね、あまり交流がないのにお花をいただいたんですよ、生花を。なぜかなと思って、お電話したら、「岡本さんたちが始めたって聞いたから、俺も気持ちが萎えていたけど、頑張ろうと思って、花を贈らせてもらったんだよ」って。その言葉がすごく嬉しかったですね」
6月14日
お店の再開から7カ月。忙しい日が続いています。
お弁当屋さん
「お待ちどうさまです」
岡本尚子さん
「はいありがとうごめんね。遅くに言って。それまでくれるの、ありがとう。お父さんちょっとお弁当もらって」
「ありがとうすみませんね、どうも。」
忙しいときは近所の店のお弁当が昼ごはんです。
2人そろって、自宅で食事。
岡本政夫さん:「まだ家に帰れない人もいるんだから」
岡本尚子さん:「商売できるだけありがたいですよ。」
岡本尚子さん:「みんなで1,2、それから、てっちゃん家と、みんなでこうやって。ブラシがけしたんだ。道路。」
岡本政夫さん:「あっという間だ」
岡本尚子さん:「止まったままの方もいるしね、帰ってこない命もあるしね、本当に。本当に複雑には複雑です」
岡本政夫さん:「土砂の災害があった人たちは本当にね、今も見る影もなく。ただ本当に土砂を片付けたっていう感じだもんで、そこを見るたびにああ、我々のこうやって、住んできた街がこんな風になっちゃうのかなって」
岡本尚子さん:「前に住んでいた方たちがまた元通りはやく、伊豆山の街が前みたいににぎやかに。おはよう、こんにちはって、声掛けあう人たちが戻ってきて普通に暮らせたらいいなと思うよね」