浜岡原発なぜ止めた? 細野豪志衆院議員に聞く 当時の菅総理が会見を行うまでの「6時間」

 5月14日で、浜岡原発の全ての原子炉が停止から15年です。当時の菅総理がこの決断をし、会見を行うまでの「6時間」に迫りました。

●内田カメラマン:
「浜岡原発の上空です。15年前の5月14日から浜岡原発の原子炉が電気を生み出すことは一度もありませんでした」

 あの政治判断に関わった当事者細野豪志衆院議員。

● 菅直人総理(当時):
「浜岡原子力発電所の全ての原子炉の運転停止を中部電力に対して要請いたしました」

 当時総理補佐官だった細野さん。今回のインタビューから、浜岡原発視察の報告を受けた菅総理が運転停止要請を決断し、会見するまでの「6時間」の経緯が見えてきました。

 

浜岡原発なぜ止めた? 細野豪志衆院議員に聞く 当時の菅総理が会見を行うまでの「6時間」

この前日、細野さんの姿は浜岡原発にありました。

●細野:
「海江田さんと浜岡行って、中電の方にずっと説明を受けたんですよね。非常に誠実に対応していただいて」

 今でも鮮明に覚えていることがあります。

●細野:
「私が印象的だったのは、浜岡原発が東京電力の第1原発と瓜二つ、全く同じ構造がね」

 当時、浜岡原発は1・2号機が運転終了、3号機は定期検査中で運転停止、4号機と5号機が稼働中でした。このうち、1号機から4号機が福島第一原発と同じ沸騰水型軽水炉、5号機は同じ軽水炉の改良型でした。

●細野:
「毎日その、フクイチの地図を見ながらここで何が起こっていたかって議論を東電の皆さんと政府関係者と一緒にやっていたので、頭に全部入ってるんですよね。それで言うと、ちょっと驚きました。それぐらい似てた」

 頭をよぎったのは、福島第一原発を襲った津波。

●細野:
「問題は津波ですよね。津波が来た場合に、今は巨大な防潮堤ができてますけど、当時それがありませんでしたし、浸水を防ぐ方法は1ヶ月ほど経っていたので、かなり現場では努力しておられたけれども、十分ではないという判断ですね」

 結論は?

●細野:
「海江田さんと浜岡原発の中でもいろいろ話をしましたし、帰りも一緒だったので、本当に極めて異例ではあるけれども、停止要請した方がいいだろうという話になって、菅総理に進言した」

 総理動静の記録と細野さんの記憶によると、総理への報告は翌日6日。原子炉停止要請の当日でした。午後0時58分、海江田経産大臣が官邸に入ります。その6分後、細野総理補佐官が官邸へ。

●細野:
「そこでもう総理自身が判断してたと思いますね」「菅総理からは異論はなかった。むしろそれはやるべきだろうという感じでしたね」

 いったん官邸を離れた細野さんは統合本部での説明に。説明を終えすぐ官邸へ。午後4時32分に海江田大臣が官邸に入った5分後、細野総理補佐官も官邸に。そして午後7時の会見となったのです。浜岡原発の報告をして、総理が運転停止要請を決断してから会見まで、わずか6時間ほどでした。

●細野:
「中部電力には非常に酷な要請だったと思いますよ。後講釈はいくらでもできると思うんだけど、有事の判断って違うんですよね。有事の判断で何が難しいかというと、結論を先延ばしできないっていうことなんですよ」

浜岡原発なぜ止めた? 細野豪志衆院議員に聞く 当時の菅総理が会見を行うまでの「6時間」

 あれから15年。浜岡原発を止めた判断に関わった細野さん。その浜岡原発の必要性を感じています。

●細野:
「3.11の後いろんなチャレンジをしたんですよね。再エネもやってきた。これからもやるということなんだけれども再エネだけで日本の産業をね、支えていくのはやっぱこれは無理です。浜岡原発の必要性というのは非常に大きいと思います」

 中部電力のデータ不正は衝撃でした。

●細野:
「こういうが出てきたことは非常に残念ですね。相当しっかりね、原因究明していただかないといけないし。 体制も考えてもらわなければならないと思ってます」

 福島第一原発の事故、そして15年動かない浜岡原発から何を学ぶのか。

●細野:
「原発事故を経験して、私もそうでしたけど、やっぱり原発というのは本当にリスクが大きいし被害も大きい。そのことに対する強烈な反省は必要だと思います。しかしだからといって、原発がなければいいという結論には持っていくべきではない。本当の意味で、あの3.11の原発事故を乗り越えられるかどうかっていうのは、今のエネルギー政策にかかってると言えるかもしれない」

浜岡原発なぜ止めた? 細野豪志衆院議員に聞く 当時の菅総理が会見を行うまでの「6時間」