「パパ活」から「国活」へ…宮沢博行元衆院議員が新党結成 不倫・離婚協議・脳腫瘍の波乱万丈2年間 自民党痛烈批判も「正直さと決断力なければ政治はダメ」 第二の人生スタートの1日に密着
元衆院議員の宮沢博行氏(51)が6月1日、東京都内で新党の結党会見を開き、政治団体「創生党」の設立を発表しました。議員辞職からおよそ2年、新たな政治活動をスタートさせました。
【「第2の人生スタート」都庁に届け出】
朝、東京都庁に姿を見せた、宮沢氏。会見に先立ち、政治団体の届け出を提出。「第2の人生のスタートという感じがする」と再出発への思いを語りました。新党「創生党」は「保守勢力の結集」を掲げています。
【「波乱万丈の2年」病気や選挙敗北も】
宮沢氏は議員辞職後の2年間について、「波乱万丈だった」と振り返ります。
●元衆院議員 宮沢博行氏(51):
「辞職したらすぐお詫び行脚しなきゃいけないし、そうしたら意外と早く衆議院選挙をしたんですよ。選挙が終わったら1カ月後に脳腫瘍が発見されて、手術と療養、手術して死ぬかもしれないという思いをしたのが大きかったし、自分の信じる道を行きたい、好きなことをやりたいなと。そういう思いになりました。」
政治家として注目を集めた一方で、不祥事や選挙敗北などを経て表舞台から距離を置いてきた宮沢氏。
2023年には、政治資金問題をめぐり派閥の内部事情を明かす発言を行い、「3年間で140万円。収支報告書に記載しなくてよいと指示があった」といった“暴露”で波紋を呼びました。
しかしその後、自身の私生活をめぐるいわゆる“パパ活不倫”が週刊誌に報じられ、記事の掲載を前に議員辞職を決断。「私の不祥事は私の不祥事」と語り、自ら政界を去りました。
その後の衆院選では“禊(みそぎ)”の意味合いもあって挑みましたが、結果は落選。選挙戦では有権者から過去の発言をネタにされる場面もあり、「記憶にございます」というフレーズが話題になるなど、厳しい状況が続きました。
拠点も地盤だった静岡・磐田市から東京都内へ移し、現在は配送業に従事するなど、政治とは距離を置いた生活を送ってきたといいます。そうした経験を振り返り、宮沢氏は「自民党という組織の中では言いたいことも言えない。ここ2〜3年で限界を感じた」と述べ、既存政党への不満とともに、新党結成へと踏み出した理由を語っています。
【新党結成会見】
午前11時、会見場は、“元職場”の国会に隣接する、議員会館です。会見で宮沢氏は、自民党の現状について厳しく批判し、「新しい保守政党が必要だ」と強調しました。
新党の基本理念は、「地方を創る、日本を守る、文化を伝える」。「所得税減税」「社会保険料の軽減」「外国人犯罪の取り締まり強化」「外国人による土地購入の禁止」などを掲げています。時点で自らを含む8人が「創生党」として、地方選挙などへの出馬を検討しているそうです。さらに自身の国政復帰については、自民党の重鎮の地盤でもある「東京11区」からの出馬を検討していると明らかにしました。
会見には、宮沢さんが結党の最終的な決め手になったと話す、中国人による詐欺で土地をだまし取られたという女性も同席。
●土地の詐取被害に遭った女性:
「正直、宮沢さんと言えば、“パパ活”。宮沢さんと言えば、『記憶にございます』。今こうして話しているのも不思議に感じてしまう気持ちですが、宮沢さんの“パパ活ならぬ国活”で、これからは進んでいただけると確信をしています」
【信頼回復へ再挑戦】
議員辞職や落選、病気などを経ての再起となる宮沢氏。記者の質問に対して…
●記者:
Q.「記憶にございます」がイメージ的なフレーズになるかと思うがどう活用していく?
●元衆院議員 宮沢博行氏(51):
「『記憶にございます』とパパ活ですか。活用は私から活用するのかなと思いますけど、どうぞ皆さん、いくらでも言ってください。ただ、下村博文元文科大臣と戦うのにおいては、政治家は正直でないといけない。問題を長引かせて政治全体の信用を落としたのは安倍派の幹部ですよ。正直さと決断力がなければ政治はだめになっていくんだ。それをはっきり言いたいですよね」