突風で4棟の蔵が全半壊…がれきの中で生き残った「奇跡のもろみ」 あれから1年、再開したしょうゆ造り 静岡・牧之原市

 予測ができない自然災害。去年5月1日。静岡県牧之原市を襲った突風は、見慣れた景色を一変させました。

市内4カ所で発生した竜巻 建物148棟が損壊

須藤誠人アナウンサー:「かなり広い範囲にわたって突風による被害だとみられます。大きな影響が出ています。屋根の瓦も大きく剥がれてしまって、屋根部分の骨組みがむき出しになっています」

画像1: 市内4カ所で発生した竜巻 建物148棟が損壊

 牧之原市内の4カ所で発生した竜巻と見られる突風。車両が横転し、電柱が倒れ、損壊した建物は148棟にのぼりました。被害の全貌がわからなかった発生直後、その状況を記録し続けた男性がいました。

画像2: 市内4カ所で発生した竜巻 建物148棟が損壊

ハチマル 鈴木義丸社長:「何もない。はぁ…うそだろ」 

 自分の職場が一晩で倒壊してしまったこの男性。牧之原市の老舗しょうゆ会社ハチマルの社長、鈴木義丸さんです。

蔵4棟が一晩で全半壊 その中で希望の光が…

Q.突風から1年が経ちましたが?

ハチマル 鈴木義丸社長:「特に1年が経ったという実感もなく出来ることをずっと続けてきたら早1年になってしまった」
 目の前の仕事に追われた1年だったという鈴木社長。1828年創業のハチマル。従業員は25人。 しょうゆのほかにめんつゆなどの製造しています。

画像1: 蔵4棟が一晩で全半壊 その中で希望の光が…

 被害を受ける前、工場内には4つの蔵がありました。しかし…

 一晩で3つの蔵が全壊し、1つは半壊。代々受け継がれてきた蔵は、がれきの山になってしまいました。
    

画像2: 蔵4棟が一晩で全半壊 その中で希望の光が…

ハチマル 鈴木義丸社長:「150年ほど前の建物、しょうゆにとって建物に付いている菌がしょうゆの味を作るので、建物は財産、一番大切なものだった」

 しかし、ハチマルにとって希望の光が…

 がれきの下に埋もれていた木桶。その中にもろみが入っていました。もろみは、しょうゆとして搾られる前の発酵・熟成段階にあるもの。鈴木社長が育てていたもろみです。
ハチマル 鈴木義丸社長:「一番心配していたことは雨水が入ることで塩分濃度が下がること。幸運にも大丈夫で、ちょうどいい状態になってくれている。生き残ってて良かった」

画像3: 蔵4棟が一晩で全半壊 その中で希望の光が…

あれから1年 

 どん底の状態の中で見つけた奇跡のもろみ。このもろみとともに、ハチマルの再建が始まりました。あれから1年。がれきの山だったあの場所は?

ハチマル 鈴木義丸社長:「倒壊した所は更地になって、半壊した建物は修理した」

Q.この蔵はいつ完成した?

A.「3月完成ですかね。年末から修繕作業が入って、ようやく今年の(しょうゆの)仕込みに間に合った形ですね」

画像1: あれから1年

この春から始めるしょうゆ造りのために急ピッチで蔵を修繕しました。

突風の被害から1年。半壊した蔵の中は?

ハチマル 鈴木義丸社長:「半壊した建物がようやくここまで修繕出来た。残っているものは柱ですかね。屋根も板自体は張り替えた。ここは瓦屋根だったけど、いまは瓦ではなくなっています」

 ハチマルにとって新たな歴史の1ページ。しかし、この蔵には、先祖から引き継いだ遺産もあります。

画像2: あれから1年

ハチマル 鈴木義丸社長:「倒壊した蔵にあった桶の中で、古いものや痛んでいるものがあった。組み直したり修理したり出来ない桶の材が結構あった。大工さんと話して蔵の修繕に使えないかと相談したら、大工さんが横の板に桶の材を貼ってくれた。この中にいつ作られた桶かわかるのもあって、ここに大正何年と…。ここ(桶)に菌もある程度いると思う。なるべく(菌を新しい蔵に)持っていきたい」

Q.奥にあるのは?

A.「桶ですね。今年の春に仕込むものと秋に仕込むものがあって」

Q.この桶はいつ完成した?

A.「完成して搬入されたのが、3月の頭くらい」

「桶でしょうゆを造りたい」

 ここ40年は効率化を優先して桶を使わず、機械でしょうゆやめんつゆを製造してきたハチマル。しかし、それとは別に、鈴木社長は被災する前の去年の3月、老舗メーカーのプライドから、桶を使った昔ながらの方法でしょうゆを造り始めました。社長の思いは?

ハチマル 鈴木義丸社長:「やっぱり桶で(しょうゆを)造りたい。やっぱりこのスタイル、蔵とその中に桶が並んでいる姿を見たい。やっぱり桶で仕込んでみたい」

 新しい桶も鈴木社長のこだわりがあります。

ハチマル 鈴木義丸社長:「昔使っていた桶を一回バラして組み直したもの。桶職人さんもあまりいないけど、幸運にも静岡県に桶職人さんがいて、相談したところ組み直してくれた」

仕込み桶を作る会社は全国で数軒 幸運にも静岡県に

画像1: 仕込み桶を作る会社は全国で数軒 幸運にも静岡県に

 鈴木社長の相談に乗ったのは藤枝市に工場を持つ青島桶店。ハチマルから7つの木桶を依頼され、今も作っています。
 
青島桶店 青島和人社長:「今作業しているのはハチマルさんの桶。この桶は直径1m80cm、高さ1m85cm、3000リットル。この桶は5月末に完成してハチマルさんに届けます」

 1925年創業の青島桶店。 しょうゆの仕込み桶を作る会社は全国で数軒しかなく、他県からも注文が来きます。ハチマルからの依頼について?

画像2: 仕込み桶を作る会社は全国で数軒 幸運にも静岡県に

青島桶店 青島和人社長:「木桶はタンクと違って、手入れが大変だったり、苦労が多い。そういうことを分かっている上で木桶を使おうと言ってくれることに感謝しかない。しょうゆは海外で需要が多くて、特に木桶で醸造したものの需要がある。科学的な説明はできないが、あきらかに味が違ってて木桶を使うことが見直されている」

蔵の費用は9000万円…でも「やめることは考えられない」

 木桶を使ったしょうゆ造り。その伝統を守るために手を組んだ青島桶店とハチマル。しかし、ハチマルは、厳しい現実に向き合わなければいけません。

Q.蔵の費用は?

ハチマル 鈴木義丸社長:「約9000万円。蔵も桶も事業に必要なものの費用が約9000万円。支払い終える形にしないと、再建とは言えない」

Q.事業を辞めようとは思わなかった?

A.「考えられなかったですね。前を向いて行くしかなかった。やるしかないし、お客さんもいるし、おいそれと辞めることは難しい。社員の生活もある」

「奇跡のもろみ」は

 悲しみながら乗り越えるよりも「楽しみながら乗り越えたい」。鈴木社長がそう思えるようになったきっかけがあのもろみです。

Q.全壊した中から見つかったもろみは?
A.工場の中に移動して、手入れをやっている

 瓦礫の中から見つかったもろみはこの1年、大切に育てられていました。

画像: 「奇跡のもろみ」は

ハチマル 鈴木義丸社長:「ひと夏を越えて冬は落ち着いた状態だったんですけど、今、だんだん暖かくなってきて発酵が始まっている状態になっています」

 桶を使った昔ながらのしょうゆ造りは鈴木社長にとって初めての挑戦。混ぜる方法や回数など、手探りな部分もあると言いますが…。

ハチマル 鈴木義丸社長:「おいしいね 甘いね。完成は今年の秋。味見するとどちらかというと薄口しょうゆの味になっている。その中でも甘さがあるしょうゆというか、うちのしょうゆの昔の特徴がそういうかたちだと言われている、そのかたちに近い(味の)しょうゆになっている」

 この秋に完成するしょうゆは、まず、お世話になった人に配布し、その後、商品を知ってもらうためのクラウドファンディングに出す予定だと言います。

 しょうゆ造りはこれで終わりません。

来年用の仕込みの作業で今、多忙な毎日を送っています。

ハチマル 鈴木義丸社長:「大豆と小麦に麹菌を付けた状態にした。それを麹ぶたに盛って、室に入れる、盛り込みと呼ばれる作業」

しょうゆに必要な麹を作るために大豆や小麦を使います。しょうゆ造りの最初の工程。

ハチマル 鈴木義丸社長:「全部で400kgを超えている。大豆が200kgで小麦も200kg。それに蒸されて水分も入っている」

Q.(桶を使った)しょうゆ造りの担当人数は? 

A.「これだけ。5人」

熱意を感じ入社した29歳

 利益になるかはまだわからないため、人数はかけられません。被災後に別のしょうゆメーカーから敢えてこの会社に入ってきたという 井木翔二郎さん(29)の姿もありました。

画像1: 熱意を感じ入社した29歳

 苦しい中でも、ハチマルが昔ながらのしょうゆ造りに挑戦していることを知り、去年の9月、東京から移住してきました。

ハチマル 井木翔二郎さん:「こわだったしょうゆ造りを諦めない熱意を感じて、自分もその力になりたいと思い、入社したいと思った」

 今ではハチマルに欠かせない存在になっている井木さん。体力的にきつい作業が続きますが…

ハチマル 井木翔二郎さん:「自分はこういうことをやりたくて(ハチマルに)入ってきたので、幸せな気持ちです。こうやって手をかけてしょうゆを造ることは…楽しいことだなと思います」

 並べられた麹は3日間、密閉されたほぼ100パーセントの湿度の部屋で菌を育てていきます。鈴木社長はその発育状況を見守ります。

ハチマル 鈴木義丸社長:「この3日間地獄だからね、徹夜を3日する。たとえるなら、生まれたての子どもの夜泣きに付き合うようなもの」

 少しでも温度調整を間違えると麹菌は育ちません。鈴木社長は成長の様子を記録し続けました。

ハチマル 鈴木義丸社長:「(夜中の)12時になりました。ずっと温度管理をしています。今は冷却をする時間帯です。黄色くなってきています。いい状態ですね」

画像2: 熱意を感じ入社した29歳

 これが新しいもろみです。老舗しょうゆ会社の新たな1ページ。

ハチマル 鈴木義丸社長:「まだまだスタート地点に…立ってるのかな? 立ってないのかな? まだまだ先だと思います。仕込みを継続できるような形になんとか頑張って持っていきたい 後ろには何もない、前を向いて行くしかない」