【特集】父から娘へ事業継承 伝統の機織り工房を引き継いだ親子の奮闘 静岡・袋井市
明治時代からの伝統を守りたい
工房内で絶え間なく動く4台の機織り機。こちらは、静岡県袋井市で業務用の壁紙や生地を製造している「そま工房」です。去年の末、先代社長である伊藤恵三さんが引退、1月から後継者として、娘の乗松さんが事業を引き継ぎました。
そま工房
乗松浩美専務取締役:「長男の奥さん兄嫁が社長でいて、私と二人で事業をやっていくという形になっている。一人に負担がかかってしまうということがあるのでふたりで責任を持って会社としてやっていくということで」
こちらで行っているのは、「アバカ」と言われるフィリピン原産の素材を使った生地作り。天然素材で紡がれた糸は美しい光沢をはなち、その特性を生かして、ふすま紙や海外のホテル向けの壁紙など製作しています。
実はこのアバカの糸を使った加工品製造は、明治時代からこの地域の伝統産業。こちらの機織り機もなんと70年ほど前のものだといいます。
時代の変化によって伝統産業の担い手がいなくなるなか、乗松さんたちは、なんとか次に残していこうと事業の引継ぎを決めたのです。
そま工房
乗松浩美専務取締役:「このアバカの繊維を機械で織っているという工場は日本でもうちしかない。それを守っていきたいというのが大きくある。コロナでちょっと仕事が不安定になってしまっているので。まだ父が健康で現役でやれるうちに色々教えてもらいながら継承していかないと」
事業継承は増加傾向
実はいま、こうした事業承継は増加傾向にあります。帝国データバンクの調査で、後継者が「いない」、または「未定」とした企業は4年連続減少。特にコロナ禍だった去年は、大幅に減っています。コロナの影響で事業環境が急激に変化する中、高齢者が経営する企業を中心に、後継者を決める動きが強まったとみられています。
静岡県内でも、商工会などが事業承継の相談を受け付けています。
<相談会>
中小企業診断士:「事業承継補助金は本当に使えるかなと思うので、今のうちに何をやろうかなと考えとくことをお薦めします。何かやりたいことあります?」
事業者:「うちの洋服を着て少しオシャレなスポットで写真を撮る、発信する、そういった今の時代にあったこともどうだろうと考えている」
この日相談に来ていた安間千津さんも、1年半前、父から婦人服専門店を引き継ぎ、店の4代目となりました。
事業継承をした事業者:「事業承継のことは、どのタイミングで引き継いだらいいかと日々悩んでいたが、経営的にどのように銀行と取引をやっていくかとかそういった部分も相談に乗ってもらって凄く助かった」
親子だからこその難しさ
商工会への事業承継についての相談件数は増えていて、昨年度は320件を超えています。ただ、親族内での引き継ぎには、親子間ならではこんな問題も。
中小企業診断士:「きょう明日の営業をなんとか乗り切って日々過ごされている方が比較的多くて、後継者を育てていこうとか引き継いでいこうという意識がやや低いかなと。後継者自身は比較的危機感を感じている方が多いが、社長からするとなかなか手をつけづらい。これは天竜という地域限らずどこもそうだと思う」
一緒にいる時間が長いため、今後については、つい先延ばしにしてしまう現状があるといいます。実は、そま工房の先代である恵三さんも、当初は事業の引継ぎにためらいを感じていました。
父 伊藤恵三さん:「初めは私1代で斜陽化はどんどん進んでいるし子供達にはちょっとかわいそうで、バトンタッチはできないなと畳むつもりでいた。娘が入ってきて、何か新しい小物を作ったり私とはまったく違う感覚で、意欲もあるようだし、これなら何とかいけるんじゃないかと思って任せるようにした」
技術と経験がものを言う職人の世界
心配もありますがそれでも娘の思いに突き動かされ、引き継ぎを決めた恵三さん。ただ、技術と経験がものを言う職人の世界で、乗松さんは伝統を引き継ぐ難しさも実感していました。
そま工房
乗松浩美専務取締役:「織っていくと、時々糸の塊とかが入ってきてしまうので、常に布がどういう状態で出来上がっているかというのを4台とも見てないといけないので、それは結構神経を使う」
重要なのは、機織り機をいかに止めずに織り続けるかということ。安定して生地を織るためには、糸が無くなる前に新たな糸を補充する必要がありますが、そのためには…。
そま工房
乗松浩美専務取締役:「このシャトルに入る音だったりで(判断する)。大体これぐらいで(交換する)」
Q、音が違う?
そま工房
乗松浩美専務取締役:「音が高くなってくるので、そしたらもう少ないなという目安になるので入れ替える。機械の種類によって(音が)違う、それぞれ個性があるので、聞き取りやすい機械と聞き取りにくい機械がある」
Q、聞き分けるまでにはどれくらいかかった?
そま工房
乗松浩美専務取締役:「私はまだまだです」
少しづつ見えてきた「喜び」や「楽しさ」
乗松さんは本格的に事業を手伝いを始めたのはおよそ10年前。それまでは、別のアパレル会社に勤めていて、出産を機に工房の仕事をするようになりました。
そま工房
乗松浩美専務取締役:「二十歳ぐらいの時は、こういう仕事が面白くないと言うか、地味でつまんないなという感じがあったが、今歳を重ねて入ってくると、すごく手はかかるが、出来上がった時の喜びだったりとか、きれいに製品を仕上げていくようにどうすればいいかとか、そういう工程を考えるのも楽しくなってきたし。(生地が)すごく綺麗だと思うようになった」
おととしには、織った生地を使って、若い女性向けの雑貨を製作。光沢を生かしたデザイン性が評価され、「2019年グッドデザインしずおか」にも認定されました。
父は満足、娘は…
事業承継の手続きが完了して、まだひと月。課題もありますがが、父は後継者の娘をあたたかく見守っています。
<父と娘の対談>
父:「満足はしている。もう少し消極的かなと思っていたが予想以上に積極的に 動いてくれているそんな感じがする」
Q、という評価だが?
娘:「嬉しいです。今までやってきたことのすごさというのも今実感しているので、今までのことも色々教えてもらいながら、少しでも自分に身について新しい形で展開していければいいなと思う」