【震災15年】14m以上の黒い波が包んだ中学校は「震災遺構」に 静岡大教授が15年間抱え込んだ「罪の意識」 岩手・陸前高田市を取材
●岩手・陸前高田市9日
石田和外アナウンサー:「今こうして見ると、人が住んでいるようなところはなかなか感じられないですね」
村上さん:「そうですね。ここは津波が上ってくるところなので、その都度避難するのが大変だと」
石田アナ:「震災直後は津波に飲まれて、まっ茶色の風景でしたよね」
村上さん:「瓦礫しかなかったですよね」
あの日、町の様子は見る影もなく、一変しました。
岩手県の沿岸部で、最も南に位置する陸前高田市。津波による死者・行方不明者は1800人を超えました(陸前高田市 死者・行方不明者1807人)。発災直後、訪れた現場は…。
石田アナ(2011年3月28日 陸前高田市):「海から3.4キロほど離れている場所、川に家やがれきが散乱している」
あれから、15年。
石田アナ:「15年前、陸前高田に入って初めて取材したのがこの場所です。海から3~4キロ離れたこのエリアに家や車、がれきなどが散乱している様子を見て衝撃を受けたのをよく覚えています。あれから15年、道路もできて町作りも進んでいるようです」
●2010年8月
津波が繰り返されてきた歴史があり、“津波防災の先進エリア”ともされていた、陸前高田市。東日本大震災の半年前、私たちも現地を取材していました。
村上孝嘉さん(2010年8月):「もし三陸沖や宮城県沖で地震があった場合は、私たちが想定できないことが発生する可能性がある」
このとき出会ったのが、当時地域の防災担当を務めていた村上孝嘉さんです。
石田さん:「村上さんの当時のご自宅ってどの辺?」
村上さん:「この川の反対側ですね。あそこにある橋から少し左側に行ったところ。(条例で)向こうには住宅が建てられない。だから住めないってことですね」
村上さんは震災の5年後、市が造った高台の造成地に家を建てました。しかし…。
岩手・陸前高田市に住む村上孝嘉さん:「今泉地区のコミュニティーとしては500戸ほどだったんですけど、(今は)やっと250戸ほどで半分。寂しいですね」
陸前高田に関わってきた静岡大教授「悔やんでも悔やみきれない」
この今泉地区に震災前から関わり、津波対策のアドバイザーを務めていたのが、静岡大学の牛山素行教授です。東日本大震災が起きた2週間後、現地を訪れていました。
静岡大学 牛山素行教授:「ある程度想像はしていたが、想像以上の津波で、根本的に破壊されている」
津波に飲み込まれた、気仙中学校。黒い波は14メートル以上になり、屋上まで達しました。あれから15年。気仙中学校は、「震災遺構」として残されています。
牛山教授「ここは本当に本当に教室ですね。はっきりと書いてあるけど」
石田アナ「3年A組って書いてありますね」
牛山教授「いや~これは。窓が窓枠ごと全部なくなっちゃったわけですよね」
石田アナ「あちらに青いパイプ椅子が引っかかってますけど、あれが津波で流されて、あそこに引っかかっている状態」
牛山教授「そうですね。あそこに浮いてる状態というのはどういう流れがあったかももうわからないですけれども」
今も残る、ここが学び舎だった“生活感”。それを一瞬で奪い去った津波の恐ろしさ、“災害の生々しさ”を伝えています。
静岡大学 牛山素行教授:「震災から時間が経って空気感みたいなものが変わってきていると思うこともあります。災害の現実の姿が見られる機会を用意しておくことは重要なことなのかなと思います」
陸前高田に対して牛山教授は、悔やんでも悔やみきれない思いを抱えています。
静岡大学 牛山素行教授(9日 午後6時過ぎ)
「お邪魔します」
震災後、毎年のように村上さんとも交流を続けてきました。
静岡大学 牛山素行教授:「いろんな形で関わりを持ったところで、現にこの地区だけで200人前後の方が亡くなって、いまだに行方不明のままの方もいらっしゃる。偉そうにいろいろの災害だ、防災だって語っていた地区で、やっぱり私にはかなり罪の意識があるんですよ。至らなかったなんて言葉では、ちょっと言えないですね」
15年間抱いてきたという、「罪の意識」。
石田アナ「牛山先生は今、罪の意識という言葉もありましたけれども」
村上さん「先生、そんなこと思っていただく必要ないと思うんですよ。まさかこんな津波がくると思わなかった」
静岡大学 牛山素行教授:「私自身は陸前高田とは一生できる限りのことをし続ける。そういう関係を持っていきたいなと思っています」
復興から次のステージへ
陸前高田では5年前、12.5メートルの防潮堤が完成。まちは復興から、次のステージへと進みつつあります。それが、新たな避難計画の策定です。主なテーマは、沿岸部の観光客らが多く集まる道の駅周辺や夏の海水浴場での対応です。
津波避難では、これまで徒歩が原則とされてきましたが、陸前高田で検討されているのが、「車での避難」。まだ、どこの地域でも検討されていない、新しい考え方を議論しています。
この検討会議に、牛山教授も参加しています。
石田アナ「車での避難という非常に難しいテーマだと思うんですけど、そこに今トライしているというような計画なんでしょうか?」
牛山教授「そうですね。車の避難が実用性があるのかどうなのか、この場所はもう原則徒歩避難でしょうね。この場所は車の避難もあるかもしれないですね。例えばですね、そういうのはその人の属性じゃなくて、場所の特性で検討していくことが重要かなと」
未曽有の大災害を経て、陸前高田はもう一度、“津波防災の先進エリア”として、備えを始めています。
静岡大学防災総合センター 牛山素行教授:「それをみんなが学ぶと、どこでもうまくいくぞみたいな話には絶対になりませんということは繰り返し強調していて、他の地区でいろいろ苦悩している問題について、もう一歩、もう少し具体化したやり方を考えていくというような、そういうことを検討していることは言ってもいいかもしれないですね」