自宅は津波に流され原発はメルトダウン…着の身着のまま福島から浜松へ あれから15年…小学生だった2人の息子は結婚、次男は再び福島へ

 浜松市でカイロプラクティックの店を営む、新妻由加里さん。

Q.新妻さんの施術はどう?
客「とてもいいです。もう素晴らしいです、いい先生です」
新妻「いやだー、もうー」

 15年前、福島県南相馬市から浜松市へ避難してきました。

新妻由加里さん
新妻由加里さん

新妻由加里さん(当時31歳・2012年取材):「実際に無くなったあとは怖いというよりも喪失感。あ~…全部なくなっちゃった」

 あの日、自宅は津波に襲われ、1階のほとんどが流されました。さらにその翌日には、福島第一原発で、メルトダウンによる水素爆発が発生。放射性物質が広い範囲に放出されました。原発から新妻さんの自宅までは30キロ足らず。すぐに避難を決めました。

新妻由加里さん(2012年取材):「みんなで1台の車に乗り込んで、ガソリンもない中で「行けるところまで」と出て、最終的には浜松にいた叔父にこっちまで来いと言われて、何とか乗り継いで。みんなで戦争から逃げてくる人みたいな感じで」

 当時小学生だった息子2人を連れて始まった避難生活。身の安全は確保されたものの、震災の体験は心に重く残ります。

新妻由加里さん(2012年取材):「もう半分死んでいるような状態。体も具合が悪い。なんかもう無気力。横になれば涙が出てくるし…」

新妻由加里さん(2012年)
新妻由加里さん(2012年)

原発事故から15年

 東日本大震災と原発事故から15年。新妻さんが「カイロプラクティック」の店を開いたのは、震災直後に体調を崩した経験から、「ケアする側になりたい」と思ったことがきっかけです。今では常連も多く、この日訪れていたのも10年来のお客です。

客「明るいし、パワーもらえます」
新妻さん「ありがとう! 私ももらってるよ。本当に栄養を与えてもらってみたいな。もらったり与えたりみたいな、お互い」

 プライベートでは、移住してきた浜松でフラダンスを習い始めました。充実した日々を送っています。

新妻由加里さん(45):「きのうは友達の家で野球を見ました。なんでしたっけ、WBC? うちでは見られないから、友達が見れるよ、おいでって言って。良い人とつながるご縁があるので、良い人が良い人を呼んできて、ただつながっているだけって感じがして」
Q.浜松での暮らしはどう?
A.「居心地がいい。のびのびさせてもらっている」

自宅は津波に流され原発はメルトダウン…着の身着のまま福島から浜松へ あれから15年…小学生だった2人の息子は結婚、次男は再び福島へ

 新妻さんのように、東日本大震災で静岡県内へと避難してきた人は、震災直後、2000人以上にのぼりました。その数は年々減少し、今では350人に。このうち8割以上が原発事故の影響を受けた福島県からの避難者です。ふるさとへ戻る人、静岡に残る人。選択はそれぞれです。新妻さんの家族にも変化がありました。

自宅は津波に流され原発はメルトダウン…着の身着のまま福島から浜松へ あれから15年…小学生だった2人の息子は結婚、次男は再び福島へ

新妻由加里さん(45):「(息子2人が)それぞれ結婚して、次男は子どもも生まれて、孫もできた。そう思うとすごい」

 震災当時、まだ小さかった息子2人は結婚して、家庭を持ちました。

 2025年4月には、次男の天夢富(あきと)さんが南相馬市へと戻ることに。ふるさとで新しい生活を始めたのです。

新妻由加里さん(45)
Q.母としてどんな気持ちだった?
A.「本当のことを言うと、戻らないでって言いたいですけど、時を経て、帰るのかという感覚」
Q.寂しいという気持ちもある?
A.「それはすごい寂しい」

自宅は津波に流され原発はメルトダウン…着の身着のまま福島から浜松へ あれから15年…小学生だった2人の息子は結婚、次男は再び福島へ

 新妻さん自身もふるさとへの思いは今も変わりませんが、子育てもひと段落した今、浜松での暮らしを続けていくつもりです。

新妻由加里さん(45)
Q.新妻さんが浜松に残る理由は?
A.「理由…居心地がいいから。こっちでいろんなことをやっているので、“居場所”。今はこっちかなという」
Q.居場所?
A.「居場所…なんて言えばいいんだろう。自分はここにいていいかなという感じ」

 15年前、悲しみの中で始まった浜松での生活。この場所で出会った人とのつながりが、今の新妻さんを支えています。

新妻由加里さん(45):「やっぱり明るく生きたいというのがある。とにかく前を見て進んでいきたいという感覚が自分の中にあって、周りの人から助けられているからこそこう思えるが、感謝を忘れずに人と楽しくいい関係を築きながら生きたいなと思っています」

自宅は津波に流され原発はメルトダウン…着の身着のまま福島から浜松へ あれから15年…小学生だった2人の息子は結婚、次男は再び福島へ