「陸上は4年間だけ」…父との約束から40年 59歳社長が世界一を目指す理由 浜松市
浜松市内を中心に、ホテルや飲食事業を展開しているこちらの会社。社長を務めるのは小野晃司さん。現在59歳です。実は小野さん、社長以外に「もう1つの顔」が…。
砂浜へやって来た小野さんが始めたのはトレーニング。でもこれ、ただの筋トレではありません。
サゴーエンタプライズ社長 小野晃司さん:「(来年5月の)世界マスターズの京都大会、日本トップか、うまくいけば世界トップか、狙えるのではないかと思っている」
小野さんが目指すのは走り高跳びの世界一。来年還暦を迎える節目での“頂(いただき)”を目指しています。
サゴーエンタプライズ 社長 小野晃司さん
Q,砂浜でどんなトレーニングを
A.「不安定な状態をあえて作り出して、それを安定させる(トレーニング)。
(筋肉の)柔軟性と強さが、飛ぶ時に必要なので」
中学時代は全国優勝 高校時代もインタハイ準優勝2回
そもそも小野さんは中学時代に走り高跳びで全国優勝の経験を持ち、高校時代にはインターハイで2度の準優勝をしている実力者。
大学時代には、アジア選手権走り高跳びの日本代表に選ばれ、オリンピック強化選手に指定されたこともあります。小野さんが高校3年生の時に記録した2m20cmという記録は40年以上たった今も高校生の東海記録として破られていません。還暦を間近に控えるなかで熱心にトレーニングに励む小野さん。目標記録は60歳以上の走り高跳び日本記録である1m67cm越えです。
食事にも気を配り
そのストイックさは食生活にも。食事は野菜とタンパク質の摂取を重視したメニューが並びます。
小野さん「私が食べるべきと思って、妻が(メニューを)考えている」
Q.以前はどんな食生活?
小野さん「昼はラーメン。『きょうはどこのラーメン食べようか』って昼休みに考えるのが趣味。ピザも好きだし…」
こうした努力もあって、かつて90キロ近くあった体重も現在は67キロになりました。20代で競技を引退してから、再び走り高跳びを始めたのは3年前。きっかけは、3年前亡くなった父・喜義さんの“ある言葉”でした。
サゴーエンタプライズ 社長 小野晃司さん:「(走り高跳びは)生活の全て。全て何をやるにしても、競技に結び付けていくっていう生活だったので…」
父との約束
中学、高校、大学と走り高跳び一筋だった学生時代。ただ、父・喜義さんとの間には、ある約束が…
小野さん「『(陸上は大学の)4年間だけだぞ』という(父の)言葉は、覚えてたんですよね」
その言葉を受け入れ、父が経営する現在の会社に入社。陸上競技の事はそれ以降頭から消えていたといいます。
時は経ち2019年、入退院を繰り返すようになった喜義さんから、意外な言葉をかけられます。
小野さん「(父が)『もうちょっと競技をやっていれば、オリンピックに出られたかもな』。(父は陸上を)やめさせたっていうことを自分なりに少し後悔してたんじゃないかなと思うんですね。(父の言葉を聞いて)陸上やってもいいのかな、やろうかな、みたいな。陸上がやっぱり好きだったんだなって思って、忘れていたものが、感情がこみ上げてきたんですよ」
それが50代後半で再び走り高跳びを始める“きっかけ”になったといいます。会社の昼休みの時間。小野さんは会社を抜け出しとある場所へ。向かった先は…ジム。
小野さん「きのう567回目を12時から1時の間に来た。ここに通い始めてから567回目、きょうは568回目(のトレーニング)」
小野さん、多忙な社長業の合間を縫って、昼休みの1時間は週3~4回ほどジムへ通っています。
小野さん「20回を3セット」
およそ15種類のトレーニングの中からその日行うものを、複数選んで実行。高跳びに必要な体作りをすることを意識しています。
小野さん「ここのお尻の筋肉をギュッと締めないといけないので、ここの(お尻の)筋肉を使って、こういう体の(動き)跳躍は跳ね返しが必要なので、軽くでも膝が曲がった時にポーンと返せる(ように)」
ストイックな59歳。夕方に仕事を終えると今度は競技場へ。
ディレクター「(走り高跳びの)マットが敷いてあります」
小野さん「譲り合ってということで、空けば、やらせて頂く」
母校で10代の後輩たちと同じ環境でトレーニング
小野さん、母校の陸上部や周りの協力で、競技場の練習設備を週に一度借りているといいます。
小野さん「高跳びの選手です」
佐野さん「小野さんの後輩の…浜松北高校で、走り高跳びやってます。
北高記録の2m20超えるのは、ちょっと厳しいかもしれないですけど、どうにか喰いつけるように、頑張っていきたいです」
10代の後輩たちと同じ環境でトレーニング。練習開始当初は数十年間のブランクを痛感したそうです。
小野さん「前は15歩くらい走ると、失速して止まっちゃうんですよ、体が重いから。今、加速していきますからね。子どもが普通に走れるのと同じようにするまでに、数年かかった」
まずは目標1m40…マスターズでの自己新
目指すは還暦での新記録。ただ、そう簡単に記録は出ません。先月参加した大会での記録、1m30cmにバーの高さを設定しますが…
小野さん「あーっ、合わない」「おわーっ…」「助走のタイミングが、タターンといかないと…」
つい最近の自分自身でさえも、越えるのは一苦労です。
Q.今月の京都での大会の目標
小野さん「1m50ぐらいいけるといいんですけど、今の状況だと1m40。(マスターズでの)自己新を狙っていきたい」
7月5日。小野さんの姿は京都に。
小野さん「きのうも良く眠れましたし、前日から京都入りしてますので、張り切ってやりたいと思います。」
現在59歳の小野さんが参加するのは、京都マスターズ陸上。M55という、55歳~59歳までの男性のカテゴリーです。
この日は4人がエントリー。
係員「小野さん!」
小野さん「はい!1m30。」
あいにくの雨模様の中、小野さんは前回飛べなかった1m30cmからスタートです。
小野さん「いきまーす。(踏切手前)あた!あーっ、つまづいた」
1回目、踏切る手前でつまづくアクシデントが!
続く2回目。今度はうまく踏み切ったものの、バーに体がごくわずか触れてしまい、失敗。小野さん、ラストとなる3回目の跳躍です。
「あーっ、すごい!」
3回目で1m30cmを飛ぶことに成功!
Q.できましたね
小野さん「なんとか…」
その後の跳躍で1m35まで記録を伸ばした小野さん。目標の1m40には届かなかったものの、競技再開後の自己ベストを更新して大会を終えました。
Q.今後に向けての課題
A.「あと3キロ、減量して、おそらく踏切の最後、キレのいいものが出ないのは、そこら辺にあるのかなと思っているので。そこまで気持ちを維持できれば、
結果が伴うと思っている」
目指すは60歳での世界一。小野さんの挑戦はまだまだ続きます。