静岡県内からも悼む声 「ミスター」の愛称で親しまれた国民的英雄・長嶋茂雄さんが肺炎のため死去
「ミスター」の愛称で親しまれる、国民的英雄でした。元プロ野球選手で、読売巨人軍の終身名誉監督・長嶋茂雄さんが肺炎のため、けさ亡くなりました。89歳でした。
◆静岡駅での号外:「号外です」
◆富士市民 60代 男性:
「1つの時代がまた終わったな」
◆静岡市民 60代 男性:
「何をやっても絵になる。全て強く印象に残っている」
◆静岡市民 70代 男性:
「スター性があった。動きにしても、言葉にしても」
◆掛川市民 60代 男性:
「オーラが違う。スターがまとうオーラがあった。」

千葉県佐倉市出身の長嶋さんは立教大学を卒業後、巨人軍に入団。勝負強い打撃を武器に、王貞治さんらとともに、中心選手として巨人の「V9(ブイナイン)」に貢献しました。
1974年の現役引退後は監督に就任して巨人軍をリーグ優勝5回、日本一に2回導きました。
浜松市に、現役時代の長嶋さんと深い付き合いのあった人が…。
◆元巨人コーチ 鈴木章介さん:
「いつかはこういう時が訪れるとは思ってましたけどね。よく頑張っていただきましたと。お疲れ様でしたという言葉だけですね」
浜松商業高校出身で、長嶋さんの選手時代と監督時代、巨人軍のコーチを務めた鈴木さん。
◆ 元巨人コーチ 鈴木章介さん:
「心の温かみっていうか、色々細かいことよく考えてくれてね。聞いてないようで聞いているし、聞いているようで聞いてないしっていうところもありましたね。でもやっぱり非常に考え方は繊細でね。やっぱり野球だけじゃなくて人間性も素晴らしい」

長嶋さんは現役時代、伊豆の国市の大仁(おおひと)を、たびたび訪れていました。
●林輝彦アナウンサー:
「長嶋茂雄さんは、1967年から7年間、冬の自主トレーニングの時期に、こちらのホテルに滞在していたということです。」
大仁ホテルには、40年以上前に、長嶋さんが滞在していた部屋があり、連日、多くのファンが、指定して予約するそうです。
●大仁ホテル 佐々木義次管理支配人:
「ただただ残念という思い、他に表すような言葉はまったくない、本当に残念、心の底からそう思います」
●大仁ホテル 佐々木義次管理支配人:
「長嶋さんは来ると『富士の間』しか泊まらない、他の部屋にはいっさい泊まったことがなかったんですね」

長嶋さんは、「静岡の野球の聖地」と呼ばれる草薙球場にも、度々足を運んでいました。
この映像は、今から42年前、1983年に、当時の大洋ホエールズのキャンプを視察する、長嶋さんの姿をとらえたものです。トレンチコート姿で、ピッチング練習を見つめていました。
さらに、こちらは1997年に行われた、巨人と阪神のOB戦
現役時代を彷彿させる軽快なフィールディングで、静岡のファンを沸かせました。
草薙球場は、長嶋さんが現役最後にプレーした球場でもあります。数々のドラマを生み出した、“ミスタープロ野球”。国民に与えてくれた感動、そして、その記憶は、永久に不滅です。
