「血友病」という難病を抱えながらも大好きな野球を続ける元球児 「ハンデは持っていても好きなことはできる」

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夏の高校野球が開幕しましたが、高校時代の忘れられない思いと共に、難病を抱えながら今も野球を続けている男性が浜松市にいます。野球を続ける思いとは。

6日、浜松球場で、佐久間高校を含めた連合チームを応援する男性がいました。

 佐久間高校OBの松田慎平さん、29歳。

 毎年夏になると、野球場に足を運んでいます。

 松田さんの高校野球、2年の夏は2勝しましたが、3回戦でコールド負け。

 3年生の最後の夏は、初戦敗退。

 悔いの残る高校野球生活だったからか、野球へこだわりが強いようです。

松田慎平さん
「自分の夏が悔しい思いで終わったので、青春を感じに毎年来ています」

 松田さんは大学では野球から離れましたが、会社員になって、障害者の野球チームに入りました。

 毎週土曜日になると、名古屋まで通っています。

 ポジションは、学生時代から変わらず、ショート。

 一見、健康そうに見えますが、生まれつき国指定の難病「血友病」を抱えています。

 出血すれば、止血されにくい血液の疾患です。

静岡県立こども病院 血液腫瘍科 堀越泰雄医師
「(血友病は)つい20~30年前まではスポーツは厳禁という風潮があった」

 県立こども病院の堀越泰雄医師。

 松田さんが1歳のころから17年間診察してきました。

 「血友病」で危険なのは、デッドボールによる内出血だといいます。

松田慎平さん
「血がじわじわと出続けてしまって、そこに血の塊が中にできて関節が動きづらくなる。この血の塊が蓄積されるのが一番怖い」

 松田さんは左足首の出血を繰り返し、可動域が狭くなったため、障害者手帳6級を持っています。

 「血友病」の薬が開発されたため、今はスポーツをする人も増えてきました。

 堀越医師のカルテにはこんな言葉が。

堀越泰雄医師
「(松田さんが)9歳上の先輩が野球をやっていたと聞いたの『野球ができるんだ』って聞けて、うれしかったという言葉が残っていた。彼が一生懸命聞いて、いろんなことを考えて道を切り開いていったと思う」

松田慎平さん
松田慎平さん

3歳から野球を始めた松田さん。

 野球を諦めることなく、小学2年生から週に2~3回、自分で注射器を使って薬を投与してきました。

松田慎平さん
「最初は難しかった。泣きながら先生にスパルタ教育されて」

 今でも野球をするときは、ストレッチを入念に行い、運動後は体を冷やすなど、ケアを欠かしません。

 松田さんは一児の父。家族との時間が原動力です。

松田慎平さん
「一番幸せですね、なんか1日の疲れが吹き飛ぶというかあしたも頑張れるというか」

妻・萌恵さん
「いろんな障害を持っている方でも一生懸命野球をプレーされている姿を見ると、本当にいつもこちらまで勇気をもらうし、その勇気を与えられている一員に自分の夫もなっていると思うとうれしい」

 今の目標は来年の世界大会のメンバーに入ることです。

松田慎平さん
「娘が大きくなったときに、パパが野球やっているんだなっていうのは見せられるように。ハンデを持っていたとしても自分を貫き通して、なんでも好きなことはできるよっていうのを伝えたい」

 病気と生きる自分の姿が誰かの一歩につながるように。

 松田さんは大好きな野球を続けます。

松田さん一家
松田さん一家