【ファクハク】工場をイベントに! 全国で盛り上がる「オープンファクトリー」が静岡市でも開催
「ファクハク」は2023年に初開催
ものづくりにかかわる中小企業などが地域を中心に集まり、生産現場を外部に公開したり、来場者にものづりを体験してもらう「地域一体型オープンファクトリー」の取り組みが全国的に注目されています。静岡市でも2023年から、オープンファクトリーのイベント「静岡工場博覧会(ファクハク)」が開かれています。(取材・文=三浦徹)
「ファクハク」は工場(ファクトリー)の「ファク」と博覧会の「ハク」をくっつけた造語。普段見ることのできない工場内などを公開することで、「モノづくり」の魅力を発信しようと、静岡市で2023年から行われています。
この「ファクハク」を立ち上げたのが、静岡市清水区で金属加工などを行っている山崎製作所社長の山崎かおりさん。なぜ。このイベントを?
●山崎製作所 山崎かおりさん:
「全国ではオープンファクトリーのとりくみをあちこちでやってる。私は工場見学が大好きであちこちで見学してきたけど、なんで静岡でやらないのかと思っていた」
「地域一体型オープンファクトリー」の取り組みは全国各地に広がりつつあります。経済産業省がまとめた「OPEN FACTORY REPORT1.0」では、2013年に始まり、オープンファクトリーの先駆けといわれる、新潟県の「燕三条 工場の祭典」など全国各地の39の事例が紹介されています。
静岡県の工業出荷額は全国3位(経済産業省「2020工業統計調査」による)という工業先進県。しかし、全国的にひろがりつつある「オープンファクトリー」ですが、静岡ではこれまでその動きがありませんでした。
●山崎製作所 山崎かおりさん:
「静岡は工場がたくさんあるし、製造業の生産高が全国でも有数のモノづくり県なのにあまり知られていない。静岡市のモノ作りはブランディングができていないと感じます。それを知ってもらうために、『オープンファクトリー』をやるべきだと思いましたが、誰もやってくれないので自分でやるしかないと」
山崎さんは知り合いの会社に声をかけたり、静岡商工会議所などの協力を得て、2023年11月、静岡県内では初となる大規模なオープンファクトリー「ファクハク」を開催しました。「ファクハク」には静岡市内の25社が参加。3日間でおよそ1000人が訪れました。
「オープンファクトリー」は工場に多くのメリット
山崎さんは「オープンファクトリー」は工場側に多くのメリットがあるといいます。
●山崎製作所 山崎かおりさん:
「1つめは『雇用』です。製造業も人手不足は深刻です。工場を見せ、モノづくりの楽しさをわかりやすく伝えることが効果的なPRとなります。訪れた人に『こんな会社にはいってみたい』と思わせることができるんです」
「『地域とつながる』こともメリットです。工場は普段はシャッターを閉め、関係者以外立ち入り禁止になっている。どうしても『怖い』というイメージを持たれがちです。『怖い人が怖いものをつくってるんじゃないか(笑)』と。オープンにして、地域の人に知ってもらうことで、仕事がしやすくなります」
「また、働く人のモチベシーョンを上げる効果もあります。工場の人は一般の人に自分の仕事を見てもらうことがありません。自分の仕事を外部の人に説明して、興味をもってくれたら、自分の仕事に誇りをもつようになります」
いいことだらけに見える「オープンファクトリー」。しかし、最初は山崎さんが声をかけても、色よい返事がもらえなかったということです。
●山崎製作所 山崎かおりさん:
「参加するには壁があって、二の足を踏む会社も多い。まずは「機密」の問題。工場内にはどうしても外部の人には見せられない、機密の部分があります。また見学することを想定していないので、安全の問題もあります。そのほかに『うちの工場なんて古くてきたないし、人にみせるようなものじゃない』と尻込みするケースも結構あるんです」
Qそういう相手はどう説得するんですか?
●山崎製作所 山崎かおりさん:
「機密のところは見せなければいい。見学者に『ここは見せられません』と言うんじゃなくて、見せないようにコースを作るとか、隠しておくとか。工場の総てを見せなくてもいいんです。安全の問題も、見学者むけに危険をとりのぞけば結果的に働く人にも安全な工場になるんです。『うちの工場なんか』という人には『そういう古い歴史に魅力を感じられる人が多い』と説得しました」
工場巡りツアーは「大人の社会科見学」
そして2024年の10月18日~20日に2回目となる「ファクハク」がおこなわれました。参加したのは静岡市内の31の工場。「機械」や「金属・鉄鋼」の工場が多いですが、「食品」や「印刷」といった業種もあります。中には革靴や畳をつくっているところも。基本的には「ものづくり」をしていれば参加OKということです。
期間内は、参加した静岡市内の31の工場を自由にみることができます(一部工場では予約が必要)。工場によっては見学だけでなくワークショップが行われているところも(基本的に予約が必要)。
静岡市清水区の「東名鍛工」のワークショップでは、1200℃に加熱された鋼を手ハンマーで変形させ鍛錬する「疑似刀鍛冶体験」が行われました。
工場見学の「一般の人に広く知ってもらいたい」というスタンスに対し、マニア向けに企画されたのが「工場巡りツアー」です。1日かけて複数の工場をバスやジャンボタクシーでめぐる有料の観光ツアーはさながら「大人の社会科見学」
ツアーは「ものづくり女子活躍中 ビビビッ!な女性活躍企業ツアー」「しずおか流『職人だもんで』ツアー」などテーマごとに7つのコースが用意されました。
記者はそのうちの1つに同行しました。参加したのは「ビビビッ!な若手技術者が活躍する企業の秘密を探るツアー」。バスで1日かけ3つの工場をめぐります。
静岡市駿河区の「村田ボーリング技研」では、村田社長から会社の説明を受けた後、実際に工場を見学しました。この会社では、すり減った機械部品に、金属などを吹き付けて修復する「溶射」が主力です。素人には難しい技術ですが、社員からイラストを使ったわかりやすい説明をうけたあと、実際に「溶射」の場面の見学に。
「溶射」の実演はこの工場のハイライト。職人さんが実際に高温で金属を吹き付けると、すさまじい量の火花が上がります。派手なパフォーマンスに参加者はさかんにカメラ(スマホが大部分)を向けていました。
1日で3つの工場を見学
そして、豪華な昼食のあと、向かったのが静岡市清水区の「興津螺旋(おきつらせん)」。ねじを作っている会社です。
この会社は女性が多いことで知られていて、女性社員は「ねじガール」の愛称で知られています。「ねじガール」の案内のもと、金属がねじに加工される工程を見学。針金が機械に吸い込まれて、ねじになって出てくる様子を参加した人は食い入るように見ていました。できあがったねじを洗浄、検品して、出荷されるまでの工程を「ねじガール」が丁寧に説明してくれます。
この工場は、通常は土日が休みですが(ツアーは土曜日)、今回はファクハクのために休みの日を変更し、工場を稼働させていました。
●興津螺旋 柿澤宏一社長:
「前から小学生を対象にワークショップをやっていました。その対象が大人にも広がって面白そうだなって思って『ファクハク』に参加しました。こういう初めて見る工場では、大人の人も子供のような表情になってかわいいんです。熱心に見てもらえてうれしい」
そしてハイライトは「ねじづくり」のワークショップ。手動のハンドルをまわしてねじやまを切り(本来はこの作業は機械で行われます)、ねじが完成。できあがったねじに好きな文字をいれて、「世界で一つ」のねじのできあがり。小さな瓶に入れてもらって、参加者は大喜び。
そしてツアーの最後を飾る「大日工業」はすぐお隣り。参加者はガイドの後を一列になって徒歩で移動します。
これまでの工場では、撮影は「ウエルカム」だったのに対し、この工場は基本的に撮影はNG。いままで写真を撮りまくっていた参加者たちに緊張が走ります。「この工場には秘密のものがあるのか?」
「大日工業」は「基盤」と呼ばれる電気製品の部品を加工するメーカー。この日、見学したのは主に大手電機メーカーのエアコンの基盤だということです。これまでの2社が「ファクハク」用の特別運用だったのに比べて、こちらは普段どうりの作業をみてもらおうという姿勢。もちろんそれは大歓迎。写真は撮れなかったけど、社員が「秘密のもの」について丁寧に説明してくれました。
お金を払って参加するツアーだけに、参加者も好奇心旺盛。疑問に思ったことは何でも聞こうという姿勢。それに対して工場の人たちは、どんな質問にもわかりやすく答えてくれます。「自分たちの仕事をわかってもらいたい」そんな思いが伝わってきました。今回訪問した3社とも、社長自らが顔を見せたことも本気度ををうかがわせました。
3つの工場をめぐり、参加者たちも疲れた様子。帰りのバスが静かだったのも、遠足を思い出しました。静岡駅に着いたのは午後5時。参加した人は…。
●40代女性
「自動車部品などを作るメーカーに勤めています。ほかの工場は自分のところとどう違うのかと思って参加しました。工場といっても会社によって全く別物なので。いい会社だなと思ったところもありました」
●20代男性
「8月に静岡市の機械メーカーに転職しました。仕事に役立つかもしれないと思って参加しました」
●50代男性
「説明がわかりやすかった。やっと『溶射』を理解できました」
●30代女性
「工場勤務ではないが、むちゃくちゃ面白かった。それぞれスタンスは違うが、社長からもお話をきけたのがよかった。また参加したい」
目指せ! 「大道芸ワールドカップ」
2回目となる今回の「ファクハク」の来場者は前回の倍となる2000人以上。岩手や東京など県外からも多くの人が訪れたといいます。「ファクハク」は県外、市外から人を呼ぶ「観光資源」にもなりつつあるようです。
静岡県内では「ファクハク」で刺激をうけた焼津市でも「オープンファクトリー」を始めるなど、ほかの地域にもひろがりつつあるということです。
県内外から観光客を静岡に呼び込むとともに、工場で働く人のモチベーションを高める取り組み。後進県だった静岡県にも「オープンファクトリー」の動きがようやく広がってきました。将来的には静岡市を代表するイベント「大道芸ワールドカップ」のようなイベントになることも期待されています。