「何もないところ」が魅力の秘境駅って何? 豊橋駅から急行「飯田線秘境駅号」に乗ってみた

愛知県の豊橋駅から浜松市を通って長野県にのびるJR飯田線。この時期、ここでしか乗ることができないある列車が走っています。(取材・文=三浦徹)

JR飯田線は、愛知県の豊橋駅から長野県の辰野駅を結ぶ全長195.7キロの路線です。飯田線には期間限定で、全国でも珍しい列車が走っています。それは急行「飯田線秘境駅号」です。

「秘境駅」とは、鉄道愛好家の牛山隆信(うしやま・たかのぶ)さんが命名した、駅周辺に人家が少なく、大自然の真っただ中にある駅のことをさします。

牛山さんはホームページで、秘境駅ランキングを掲載していています。(ランキングは牛山さんの独断的な判断によるもので、駅の1日平均乗車人員等とは一致していません)

最も最新の2023年のランキングを見ると、飯田線は多くの駅がランクインしている「秘境駅の宝庫」です。(ランキング2位には大井川鉄道の「尾盛」駅も)

秘境駅に行ってみたいという鉄道ファンは多いと思いますが、ハードルは低くありません。なぜなら、秘境駅はそもそも停車する列車が少ない駅だからです。一度秘境駅で降車したら、次の列車は数時間後ということもあります。

このため「秘境駅を一気に多くめぐる」というのは、かなりの困難を極めます。そんな鉄道ファンの夢をかなえるのが急行「飯田線秘境駅号」です。

●JR東海 運輸営業部営業課 沖健太担当課長:
「秘境駅号は秘境駅に停車して、そのまわりを散策していただいて、手軽に秘境駅をまとめて楽しんでいただける列車です。飯田線はそんなに繁忙路線ではないローカル線なので、地域の良さを気軽に楽しんでもらえたらということで、15年間企画しています」

2010年から始まった「飯田線秘境駅号」は全席指定で、基本的に毎年春と秋に運行。これまでにのべ6万人が乗車したということです。何もないという印象の秘境駅ですが、見どころはどんなところでしょうか?

●JR東海 運輸営業部営業課 沖健太担当課長:
「見どころはまずは何もないところです。途中、電波が通じなくなるので、デジタルデトックスの効果もあります。みなさんも秘境駅にはなにもないことを承知してこられますが、行った先の天竜川の景色もとてもきれいです。今は紅葉の時期ですし。天竜川の景色も見どころです」

為栗駅と秘境駅号 (提供:JR東海)
為栗駅と秘境駅号 (提供:JR東海)

豊橋駅を午前9時50分に出発した列車は、特急「伊那路」や「ふじかわ」にも使われている373系。。乗客はおよそ160人。ほぼ満席です。

列車は新城(しんしろ)駅に停車した後、飯田線唯一の特急「伊那路」が停車する「本長篠(ほんながしの)」「湯谷温泉(ゆやおんせん)」をスルーして最初の秘境駅、「柿平(かきだいら)」駅へ。飯田線では愛知県唯一の秘境駅です。秘境駅ランキングは174位と微妙な順位。

豊橋駅を午前9時50分に出発
豊橋駅を午前9時50分に出発

特にこれと言って見るものもない印象の駅ですが、それこそが秘境駅。まずは秘境駅の入口といったところでしょうか? 1日平均乗車人員(2022年 以下同じ)はわずか2人。それでも順位は174位。これより順位が上の秘境駅に期待が高まります。

飯田線で愛知県唯一の秘境駅・柿平駅
飯田線で愛知県唯一の秘境駅・柿平駅

続いての停車駅は東栄(とうえい)駅。秘境駅ではありませんが、駅舎に特徴が…。

国の指定重要無形民俗文化財「花祭」で使用される鬼の面をモチーフにした駅舎は、かなりレアです。駅舎の外では、地元のみなさんが特産品を販売していました。

このように「飯田線秘境駅号」の停車駅は秘境駅以外にも、みどころのある駅や景色のいい駅などが選ばれていて、参加者を飽きさせないように工夫されています。

鬼の面をモチーフにしている東栄駅の駅舎
鬼の面をモチーフにしている東栄駅の駅舎

飯田線はこのあと県境を越え静岡県にはいります。浜松市天竜区の水窪(みさくぼ)駅付近では多くの民家が見られました。特急列車は水窪駅に止まりますが、この列車は秘境駅号なので通過します。

多くの民家がある「水窪駅」は通過
多くの民家がある「水窪駅」は通過

     

東京駅をモチーフにした「大嵐駅」の駅舎
東京駅をモチーフにした「大嵐駅」の駅舎

列車は浜松市天竜区の大嵐(おおぞれ)駅へ。ここも秘境駅ではありませんが見どころがいっぱい。東京駅をモチーフにしたという駅舎はかなりモダンな建物です。また駅前の佐久間ダム湖の眺めは絶景。橋を渡ると、愛知県豊根村です。

続いて列車は隣の小和田(こわだ)駅へ。この旅で、秘境駅ランキング最上位の3位の駅です。1日平均乗車人員は5人。

橋を渡ると愛知県
橋を渡ると愛知県

駅の周りには本当に何もありません。集落も近くにはないということで、本当に1日5人も乗っているのかと疑問に思うほどの秘境駅・小和田駅。ふだんの停車時間は1分未満ということですが、「飯田線秘境駅号」の停車時間はおよそ20分。駅の周りには特に何もないので、十分な停車時間です。

秘境駅ランキング3位の小和田駅
秘境駅ランキング3位の小和田駅

小和田駅の1日の停車数は上りが8本、下りが9本。普通列車でも通過する列車もあるということです。

次の列車まで3時間以上待つ時間帯も
次の列車まで3時間以上待つ時間帯も

普段はもの静かな小和田(こわだ)駅。実はこの駅が脚光を浴びたことがありました。1993年に、当時の皇太子さま(現天皇陛下)と結婚したのが小和田(おわだ)雅子さん(現皇后陛下)。読みは違いますが、同じ漢字ということで、恋愛成就の駅として、この駅に多くの観光客が訪れました。

そしてその流れで、公募で選ばれた1組のカップルが、小和田駅で結婚式をあげることになりました。駅舎にはその時の写真が今でも展示されています。

当時、浜松支局にいた記者もこの結婚式を取材しました。小和田駅は車で行くのが難しいため、水窪駅に車を停め、飯田線で小和田駅に向かいました。他の交通手段がなかったため、地元の関係者や報道関係者など、みんなが結婚式のために飯田線に乗った結果、列車は首都圏の通勤ラッシュ並みの大混雑となりました。飯田線があれだけ混雑したのはあの時くらいではないでしょうか?(あくまでも私見です)

「飯田線秘境駅号」は、県境を越えお隣の中井侍(なかいさむらい)駅へ。ここからは長野県です。ホームが切り立った斜面にあるこの駅は秘境駅ランキング10位(1日平均乗車人員2人)。続く伊那小沢(いなこざわ)駅も62位(1日平均乗車人員1人)。秘境駅が続きます。

駅舎には結婚式の写真も
駅舎には結婚式の写真も

列車は次に長野県天龍村の大都会(列車のアナウンスでそう紹介していた)の「平岡(ひらおか)駅」に停車。停車時間はこの列車最長の33分。

秘境駅ではありませんが、駅舎が村の観光拠点施設「ふれあいステーション龍泉閣」に併設されている天龍村の中心駅です。ここでは地元の人が特産品のブースを設け、乗客をおもてなしします。乗客は長野県のPRキャラクター「アルクマ」や泰阜(やすおか)村のゆるキャラ「けもかわくん」と記念撮影していました。

平岡駅を出た列車は、秘境駅ランキング13位の為栗(してぐり)駅(1日平均乗車人員2人)を経て、ランキング5位の田本(たもと)駅へ。

平岡駅では地元の人がおもてなし(提供:JR東海)
平岡駅では地元の人がおもてなし(提供:JR東海)

駅の両側をトンネルに挟まれていて、断崖絶壁に立つ田本駅。南側のトンネルの上に通路があり、上から列車を見下ろすことができます。徒歩以外では駅に行くことができないということで、1日の平均乗車人員1人というのも納得です。

そして午後3時半。「飯田線秘境駅号」は終点の飯田駅に到着。豊橋駅を出てから5時間40分が経過。長旅でしたが、見どころいっぱいの充実した内容でした。参加した人に感想をきいてみました。

●乗車した人(豊橋から 60代~):
「シルバーカレッジのサークル仲間8人で参加しました。飯田線に乗ったことはありますが、新城までで、それ以降は行ったことがありませんでした。その先はどうなっているのか、いつか行ってみたいと思っていました。秘境駅号は普通では来れないところに全部止まってくれるので、見どころがたくさんでした」

●乗車した人(千葉から 20代夫婦)
「夫婦でいろいろな鉄道に乗っています。秘境駅は車で行ったことはあるのですが、今回、鉄道でしか行けない駅に行くことができました。秘境駅は何もないのがいいのですが、よく残っていたなと思っています」

中には、「飯田線秘境駅号」にほぼ毎回乗車しているという乗客もいました。

●乗車した人(東京から 60代)
「初回からほとんどの列車に乗っていて、今回が81回目の乗車です。天竜川の景色はいつみても素晴らしいです。列車の停車時間も長く、のんびりしているのがこの列車の魅力です。このあとは飯田線終点の辰野駅にいき、中央本線経由で東京に帰ります。秘境駅号は昔に比べると人気がでて、なかなか切符がとれなくなりました」

田本駅では列車を上から見ることができる
田本駅では列車を上から見ることができる

秘境駅をめぐる列車は、最近はJR九州などでも運行されていて、秘境駅はあらためて注目されているようです。今年の運行は終了しましたが、デジタルデトックスがしたいという人は、次回「飯田線秘境駅号」に乗車してみてはいかがでしょうか?

飯田駅到着は午後3時半
飯田駅到着は午後3時半
  • 駿河湾フェリー
  • 静岡クリスマスマーケット2025