終戦直後日本の降伏文書の原案を運ぶ途中海岸に不時着した「緑十字機」 海に眠る機体の探索に情熱を傾ける男たち 静岡・磐田市
終戦直後、日本の降伏文書の原案を運ぶ途中に静岡県磐田市の海岸に不時着した「緑十字機」。海に眠る機体を探す調査に密着しました。
緑十字機の本を出版した岡部英一さん
「もう今年はね、もう何としても見つけたい。強い思い」
「緑十字機」を追い続け、本も出版している岡部英一さんです。
緑十字機の本を出版した岡部英一さん
「機体側の一部が打ち上げられたのが今年の6月で20年なんですよ。ちょうど区切りの年。そうなんですよ。だから今年って何かあるんじゃないかなと」
集まった人たちが待ち望んでいるのは「緑十字機」の機体。
「緑十字機」は、太平洋戦争終戦直後の1945年8月20日、日本の降伏文書の原案を沖縄から東京へ運ぶ際、燃料切れで磐田市の鮫島海岸に不時着しました。
不時着に気付いた住民の協力で文書は無事に東京へ届けられ、日本は正式に終戦を迎えられたのです。
緑十字機の不時着を語り継ぐ会 中田智久代表
「あることは間違いないんで。機体はね、軽くて流れてたという可能性はありますけども、エンジンは重いですからね。必ず」
この緑十字機を巡っては、終戦から80年の節目の2025年、黄色のエリアで調査が行われましたが、何も見つかりませんでした。
そこで今回、さらに調査範囲を広げ、14日から2日間エンジンなどの機体を再び探索することになりました。
海洋調査会社ウインディーネットワーク 杉本裕介部長
「この黄色いのが、音波を使って、海底からの反射を拾って海底の記録を取る機械になります」
調査はこの音波探査機「サイドスキャンソナー」を使って行われます。
2025年は真下しか測れませんでしたが、横から音波を出すものに変え、より広範囲に調査します。
「せーの!」
当時を知る人も減る中、実際に不時着した緑十字機の翼に乗ったという大橋長平さん。
緑十字機の翼に乗った大橋長平さん(93)
「翼です」
Qどっちの
「左です。北を向いてこう。こうなってましたからね。ここへ乗ったんです」
緑十字機の前方についていた風防ガラスをあることに使ったといいます。
緑十字機の翼に乗った大橋長平さん(93)
「こするとですね、香りがする。科学的な成分でありますから。とにかくね、バナナの香り。それを燃やしてですね」
Q風防ガラスを燃やして
「はい、燃やして、それで勉強したんですよ」
Qあす調査がされる
「あー期待したいですよ。ぜひもう絶対残ってます」
翌朝、福田漁港から出て外洋へ。
このエリアを東西に進んで、調査を進めます。
川﨑豊記者
「今、岸から150メートルの地点にたどり着きました。ここから調査が西に向かって始まります。今調査の準備が行われています」
喜勝丸 廣瀬功船長
「きょうは全然波ないですね。調査には最高じゃないですか」
これは音波の反射を画像化したものです。
黒いところが水中で、その先が砂とみられます。
調査は午後になると…
川﨑豊記者
「午後1時半を過ぎたところです。風がかなり強まってきました。今すごいすね、波しぶきが上がってます。こんな中でも今も調査が続けられています」
さらに風が強まり、スタッフもダウン。
海洋調査会社ウインディーネットワーク 杉本裕介部長
「もう中断して、港へ戻ろうかなと思います」
初日の調査は予定のおよそ3分の2が終わったところで引き上げとなりました。
海洋調査会社ウインディーネットワーク 杉本裕介部長
「データ精査、解析作業っていうのがあるので、それで面的に解析して、特異だった反応がないかというのを確認していくような形になります」
翌日も調査が行われましたが、大きな反応はありませんでした。
今後およそ1カ月かけて詳しい解析が行われます。
緑十字機の不時着を語り継ぐ会 中田智久代表
「あることは間違いないですので。これが見つかって、引き上げ・展示で、だんだんつながってきますので、大きな希望を持ってます」
緑十字機の探索は、2026年の秋以降3回程度行われる予定です。