戦後80年静岡県内の戦争体験者は…父は5歳の時にガダルカナル島で戦死 遺骨は今も見つからず

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御殿場市 佐藤とみ子さん(87) 
「ラジオの玉音放送なんていうことは、私たちは分かりません。ただ学校に行って集合させられまして校庭に。校長先生が壇上に上がりまして、いきなり絶叫的な大声で、日本が戦争に負けた、敗れたっていうことで涙を拭いていました、絶叫でしたね」

 御殿場市に住む佐藤とみ子さん、87歳。

 5歳のとき、父親がガダルカナル島で戦死しました。

御殿場市 佐藤とみ子さん
「戦地へ行く直前に私が表で遊んでいたら、父が軍服を着て、ここに刀みたいなものがあって。それをうっすら覚えてるんです。弾に打たれて死んだでしょ?そしたらその時に父の胸のポケットから、この写真だと思うんですよ」

墓参り

 とみ子さんが4歳のときに出征したため、父との思い出は、ほとんどありませんが、毎年8月15日の墓参りを欠かしません。

御殿場市 佐藤とみ子さん(87)
「安らかに、1日でも早く遺骨が無事に家に帰れますように、ということだけです」

 戦地で命を落としたため、父親の遺骨は今も見つかっていません。

御殿場市 佐藤とみ子さん(87)
「これがそうなんです。海岸で貝殻を拾って、父の遺骨だと思って、少し持ち帰りました」

 戦後80年、徐々に薄れる戦争の記憶。

戦死した父親
戦死した父親

終戦の日を迎えて

 佐藤さんは戦争体験者の一人として、静岡県が進める伝承の取り組みにも参加しました。

 当時通っていた御殿場市の小学校で見たアメリカ軍のB29をはっきりと覚えています。

御殿場市 佐藤とみ子さん
「B29の戦闘機が何十機ってグーンと来るんですよ。そうすると空襲警報が鳴りまして、全校生徒が教室から飛び出して、校舎のすぐ横に大きい森があったものですから。B29が頭上を通過するのを見届けてから、また教室へ戻って勉強するんですけど、毎日のように森へ駈け込んで。その恐怖心ですね」

 戦後80年、終戦の日を迎えて―

御殿場市 佐藤とみ子さん(87)
「まだあちこちで世界で戦争がやってますでしょう。だからもう、そういうことがなくなりますようにってね。私たちと同じようなことを、あってはならないですから。戦争という、この文字はなくしたいですね。」

御殿場市 佐藤とみ子さん
御殿場市 佐藤とみ子さん