土石流災害から5年 遺族被災者それぞれの思い 「腹立たしい」「本当に苦しかった」「絆が絶たれた」 静岡・熱海市

 28人が犠牲になった熱海土石流災害から5年。遺族や被災者、住民の思いを聞きました。

 熱海土石流災害は2021年7月3日に静岡県熱海市伊豆山にあった違法な盛り土が崩れたもので、災害関連死を含め28人が犠牲になり、98棟の住宅に被害が出ました。熱海市によりますと、今もなお12世帯25人が避難生活を送っています。

土石流災害から5年 遺族被災者それぞれの思い 「腹立たしい」「本当に苦しかった」「絆が絶たれた」 静岡・熱海市

 崩れた違法な盛り土の責任の所在はまだ明らかになっていません。遺族や被災者らが盛り土の土地の今と前の所有者、県や市に対し、損害賠償を求める訴えを起こしています。裁判は9月に結審し、今年度中に判決が出る見通しです。

土石流災害から5年 遺族被災者それぞれの思い 「腹立たしい」「本当に苦しかった」「絆が絶たれた」 静岡・熱海市

自宅が流された小林義則さん

 自宅が土砂に流された小林義則さん。今は神奈川県湯河原町で暮らしています。5年の節目には裁判を共に戦う原告団の集会に参加していました。

Q.この5年を振り返って
A.「1番嬉しかったのは、これまでの同級生の仲間などが電話をくれたり、義援金を集めてくれたり、手紙を書いてくれたり、色々なことをしてくれたこと。避難先に会いに来てくれた人もいて、そういう仲間が財産だったと気付くことができた。土石流で人生がだいぶ変わってしまった。ずいぶん違っちゃったなと思う反面、元気で働けているだけありがたいと思う」

Q.伊豆山に戻りたいか
A.「私は伊豆山に戻りたい。5年後には自分の家を建てたい。今の伊豆山に」

母親を亡くした鈴木仁史さん

 土石流で母親を亡くした鈴木仁史さん。いまは三島市で暮らしています。

Q.発災5年での思い
A.「多くの人が被災したが、こういうことを繰り返されることがないようにしていただきたい。裁判では被告が責任を少しでも認めてもらえればいいと思う」

被害者の会の会長の瀬下雄史さん

 被害者の会の会長を務める瀬下雄史さん。母親を土石流で亡くしました。原告団の先頭に立ち、法廷でも被害や思いを訴えてきました。

Q.発災5年の思い
A.「正直長かったなと思う。被告も判決に従うかというところは出てくると思うので、まだ気を抜かないで、引き続き頑張っていきたい。裁判では責任のたらいまわしが行われている。盛り土行為が始まって崩落するまでの間にものすごい年月がかかっていて、登場人物の役割や時系列で出来事とかつぶさに調べていくのにも、膨大な時間がかかるのは理解している。ただ、複雑さをいいことにみんながみんな自分の責任ではなかったということに終始しているところは、見ていて本当に腹立たしい。母の墓前にいい報告ができれば、そこは一つの区切りになるのではないか」

Q.どんな5年間だったか
A.「本当に苦しかった。当初、母が見つからない3週間は希望を持ち続けなきゃと自分を奮い立たせる気持ちと、もうだめかもしれないという絶望の気持ち。常に針が180度激しく揺れ動いている状況。今思い起こしても、地獄のような日々だった。時間が経つにつれ、いろいろな思い出が出てきたが、ふとした時に母の最期のシーンが脳裏に浮かんだり、母の遺体やにおいがよみがえったりする瞬間があって心が休まらない。ずっとそういう時間を過ごしてきた」

Q.今後の原動力は
A.「裁判を通じて世に与える結果は大事だと思う。安易に違法行為をすると必ずしっぺ返しがあると、非常に重い罰則で裁かれるということを希望している。それが抑止力になり、再発防止に繋がっていくと思うので、やはり続ける原動力としてはそこになる」

99歳の母を背負って避難した後藤光雄さん

 自宅のすぐ下を土砂が流れ下り、99歳の母親を背負って避難した後藤光雄さん。1年半ほど前に元の自宅で生活を始めています。

Q.発災5年の思い
A.「5年間早かったと思う。当時を時々思い出すが、ここまで復旧して、ここまで来たなという感じ。まだまだ続くと思うが、早くきちんとなってほしい。伊豆山に住んでいる方、皆さんバラバラになった。深い絆があったこの伊豆山自体に。それが、絆がみんな絶たれてしまって、本当に無残で残念だという気持ちがある」

Q.伊豆山が良くなるため必要なものは
A.「皆さんの心がまた結びついて、これからまた復旧が進んでいきますから、また生活していければいい」