30年以上取材した大谷昭宏さん×ひで子・巌さん姉弟 巌さんも徐々に変化 ひで子さんは「再審法改正」に強い決意 浜松市
無罪確定から1年3カ月あまり。袴田巌さんの声に、ジャーナリスト・大谷昭宏さんが耳を傾けました。
袴田事件を取材して30年以上になるジャーナリストの大谷昭宏さん。この日、大谷さんが向かったのは…。
大谷昭宏さん(浜松・中央区 1月29日)
「ピンポーン」
ひで子さん:「どうぞ~」
大谷さん:「お邪魔します、大谷です」
ひで子さん:「いらっしゃいませ。しばらくでございました、どうぞどうぞ」
袴田巌さんと、姉・ひで子さんが住む浜松市内の自宅です。
◆大谷昭宏さん(80)×袴田巌さん(89)(浜松・中央区/1月29日)
大谷さん:「巌さん、大谷といいます。こんにちは。きょうは巌さんに会いに来たんですよ」
巌さん:「ああ」
大谷さん:「よろしくお願いします」
巌さん:「ああ」
実は大谷さん、袴田巌さんと直接会話をするのは今回が初めてです。
48年ものあいだ拘束されていたことによって、他人との意思疎通が難しい状況は、無罪が確定した今も続いています。
大谷さん:「きょうはこれからお散歩ですか?」
巌さん:「ええ」
大谷さん:「きょうはもうどこ行くか決めてます?」
巌さん:「浜松の中のね、駅だ。駅に問題があるんだがね」
大谷さん:「駅の方に行かれるんですか?」
巌さん:「ええ。金がなかなか動かないって。駅でやってる、駅の売店がね」
大谷さん:「なにか売店で買われる予定があるんですか?」
巌さん:「ええ、まあ課長だとか偉い人が行くでしょ。そういうものがごまかすんだな」
大谷さん:「ごまかす?」
巌さん:「ええごまかす。それをやらせんようにしにゃないかん」
大谷さん:「じゃあチェッキングだ」
巌さん:「やなことやらせんようにね、こっちはね」
男性を嫌っていた巌さんに変化が
2014年3月の釈放からまもなく12年。これまでは、拘置所の刑務官を思い起こすため、男性と会うことを嫌っていた巌さんですが、最近“変化”が出てきたといいます。
大谷さん:「もう長いこと取材してるけど、巌さんとこうやって(話すの)初めてだもん。男の人でも大丈夫になった?」
ひで子さん:「大丈夫。この頃は大丈夫。平気で(男性と)ごはんも食べるしね。そんなに抵抗はない」
ひで子さんは再生法改正訴え全国各地へ
巌さんの無罪が確定するまでに大きな障壁となった「再審法」。ひで子さんは今も全国各地へ足を運び、この再審法改正を訴え続けています。
大谷さん:「再審法改正をしてもらわなきゃね」
ひで子さん:「再審法改正ね、不備があるなら、きちんとしたものを作って直して新しくしてもらいたいと思ってる。それこそ証拠だって出なくなっちゃ困るだもん」
再審制度には証拠開示のルールがありません。袴田事件をめぐっても、検察は拒み続けてきた重要証拠の開示に突如踏み切り、巌さんの無罪に繋がるおよそ600点もの証拠を出してきました。これは、事件発生から44年後のことです。
2月8日、93歳になった姉のひで子さん。その足が止まることはありません。
ひで子さん:「6月、7月1日・2日と3日間パリで死刑廃止の訴えをするの。巌の展示会みたいなものをやってくれるって」
大谷さん:「すごいね、去年イタリアで今年パリで」
ひで子さん:「元気なうちに大いに行っとこうと思って」
大谷さん:「すごいわ、ひで子さんは」
ひで子さん:「まあ6月くらいまでは生きてるだろうから。ははははは!」
袴田ひで子さん(93):「私たちはいい結果で終わっているけど、これで良しとはしない、私は。巌だけが助かればいいって問題じゃないのよ。たくさんの人が悩んでいるの、悔しい思いして、ともかく私は元気なうちは一生懸命働く。働くと言うとおかしいがね、じっとしてるの好きじゃないから。そこら中走り回ると思う。巌はねこの調子で、元気に生きていてくれりゃあいいと思う」