港町を37年支えた「魚河岸 どんぶり君」…最後の1日に密着 30年以上ほぼ毎日通った人も 静岡・清水区

午前5時半 静岡・清水区

 年間およそ80万人が来場する「清水魚市場 河岸の市」。そんな人気施設の一角に、早朝から営業しているお店が…。

ディレクター:おはようございます
髙橋さん:「おはようございます」
ディレクター:なんか変な天気になっちゃいましたね
髙橋さん:「まさか、こんな天気だとは思わなかった」

港町を37年支えた「魚河岸 どんぶり君」…最後の1日に密着 30年以上ほぼ毎日通った人も 静岡・清水区

 いつも通り、けさも仕込みを始めていた店主の髙橋智子さん63歳。

開店から37年目を迎える「魚河岸 どんぶり君」。海鮮丼やフライ定食、そしてカレーライスまで、お手頃価格で、お腹いっぱいになれる料理が人気の食堂です。

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ディレクター:きょうの朝の魚は何ですか?
髙橋さん:「アジとアジの開きと鮭カマ」
ディレクター:前はマグロでしたもんね?
髙橋さん:「マグロだっけか?」
ディレクター:マグロのカマでした
髙橋さん:「あーそうだ。なんかさ、何曜日の何日かって全く分からなくてさ」

 開店から37年目を迎える、「魚河岸 どんぶり君」。元々、清水港で働く人たちのために開いたお店です。そのため、開店時間は市場での競りに合わせて午前6時半。毎朝6時前から仕込みを始めるのが髙橋さんの日課です。30年以上続けてきた習慣ですが、この日はいつもと違います。

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髙橋さん:「きょうが本当に最終日で、あと何日?あと何日?と思いましたけど、全く実感ないですね」
ディレクター:ちょっと寂しくなってきたとか?
髙橋さん:「全くない。何なんだろう」
ディレクター:本当にいつも通り?
髙橋さん:「いつも通りです。いつも通り眠い朝です(笑)」

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37年続いた店の最後の営業日

 きょうは37年続いた店の最後の営業日。無駄な食材がでないように、厳選した9品でお客を迎えます。長年、清水の人たちを、胃袋から、元気にしてきた食堂。なぜ、閉店を決めたのでしょうか。

髙橋さん:「1年何カ月後に(建物の)解体をしますと言われた時ですね」
ディレクター:解体と言われた時に?
髙橋さん:「そう、私の中では、ここが終わりだなって。答えはしませんでしたけど。それで新しい店舗を作りますので、そちらに移ってはどうですかって言われたんですけど、そう言われた時点でもう全然移転する気はなかったので。返事はしませんでした」

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 海産物などを取り扱う「いちば館」がリニューアルオープンしたばかりの「河岸の市」。リニューアルに伴って「旧いちば館」がある場所には、駐車場が整備される予定で、この食堂が入る建物も取り壊されることに…。

 ただ、移転の話もある中で、閉店を選択した店主。店へのある思いがありました。

魚河岸どんぶり君 髙橋智子さん:「移転すると、観光客向けの河岸の市っていう、何軒か入っているところになるので…、そういう営業をする気はなかったので、地元の普通のお客さんと、仕事をしている合間のお客さん狙いで始めたお店なので、最後までそれは通したいなと思って」

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午前6時半

 午前6時半、最後の営業が始まりました。

髙橋さん:いらっしゃい、おはようございます。
客:すみません、2色丼お願いします

 開店と当時にやって来た、こちらの客。実は2カ月前にこの店を取材したときも、一番乗りで来店していました。きょうまで15年間も通い続けた、常連客です。

髙橋さん:「はい、おまたせしました。最後のごはんです」

最初の客:「いつも食べている2色丼なので2色丼にしました。きょうが最後って聞いたので、最後来ようかなと思って。けじめで残念というか、寂しいですね」
髙橋さん:「本当に長くお世話になりました」

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 開店から間もなく、常連客でにぎわいます。この時間の客は、仕事で清水港に出入りする人たちが中心です。

Q.朝からやっている店は大きいですか?
客:「やっぱり大きいよ。朝からやっているのは。朝どこ食い行こう? 『どんぶり』に食い行くかって」
髙橋さん:「ちょっとお茶飲んで世間話してさ」
客:「ここで知り合った人だっていっぱいいるから。今度その人たちとどこで会うのかなって」
髙橋さん:「ちょっと憩いの場じゃないけど、そういうこともあったよね」
客:「だけど、ここで出会って結婚した人はいないよね(笑)」

 多くの客から親しみを込めて、「ともさん」と呼ばれる高橋さん。その人柄で、店を「ごはんを食べる場所」だけでない、居心地のいい「憩いの場」にしてきました。

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 こちらも、10年ほど通い続けてきたという常連客。

髙橋さん:「はい、お待たせしました」
客:「最後だから、きょうはこれにした」

髙橋さん:「きょうが最後。全然そんな感じしない」
客:「さみしいね」
髙橋さん:「さみしい感じもしない」
客:「まじ? おれの方がさみしいよ」

10年通う常連客:「島田市から店主のともさんに会うために来ているみたいな感じがあって、清水の母親みたいな感じな方なので」
髙橋さん:「ええ、母親なんだ!」
10年通う常連客:「だってそうでしょ。ここに来るといろんな話をして、それがもう普通になっているというか。きょうはうなぎかば焼き定食を頼んだんですけど、きょうは特別おいしく感じます」

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 慣れ親しんだ清水での朝ごはんとも、きょうでサヨナラ。こんな日でもなければ撮らない、「ともさん」との写真。照れ交じりに、感謝を伝えます。

髙橋さん:「ありがとうございました。長いことお世話になりました」
客:「ともさん、こちらこそ」
髙橋さん:「またどこかで」
客:「そうだよ、ずっとつながっているから。だから会えないわけじゃないし」
店主:「そうなんだよ。だから何にもさみしくない
客:こっちだけさみしいよ」

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河岸の市で店を出す仲間の姿も―

 同じ港で働く仲間に、店を閉める高橋さんからプレゼントが…。

高橋さん:「食器も使ってもらえる、いすも居酒屋で使ってもらえる、冷蔵庫も使ってもらえる。まだ使ってもらえるんだ、捨てるんじゃなくて。ちょっとそれもうれしい」

 店から店へ、思いは受け継がれていきます。

ほかの店の店主:「引き継げるものは自分のところで引き継いでいきたいですね。物だけじゃなくて、気持ちとかもそうだけど」

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その後も続々と常連客が―

髙橋さん:「ここのところ常連さんとか毎日とか1日おきとかで来てくれるから」
客:「名残惜しいよな」
客:「36年…、長いよな。うちの倍以上だもんな、居酒屋の」

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 清水で魚屋と居酒屋を営むこちらの親子。父親はオープン当時から、息子も生まれた直後から、一緒に通っていたそうです。

父:「30何年ほぼ毎日ここに通ってご飯食べて家に帰るという形になっている。商売がうまくいかなくて辞めちゃうのではないので、そこはすごい残念に思っている。これだけ多くの客さんが付いていてね、あすからどうしようかなって、ごはんを」

子:「ここのカレー食って小さいころから育ってきたみたいなところあるし、ここでご飯食べて、一日頑張ろうみたいな、スタートする感じですかね。だから寂しい。本当おやじじゃないけど、あすからどうしようって感じ」

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料金設定は990円

 清水の朝を支え続けてきた、どんぶり君。提供するメニューにも、創業から変わらない“ある決まり”がありました。

魚河岸どんぶり君 髙橋智子さん:「990円ですね。夫が全てやったんだけど、当時36年半前、1000円でご飯が食べられて、そんな料金設定だったんですよ、早く安くお腹いっぱい」

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 夫婦2人で始めた食堂ですが、8年前に夫に先立たれてからも、その信念を曲げることはありませんでした。

魚河岸どんぶり君 髙橋智子さん:「ちょっと夫の顔が浮かぶんですよね。1000円出しちゃっていいのかな、ちょっとどこかで見ているんだろうな~って。本当にいろんな人が来てくれて、華やかに終われて。それも長くやってきた上でちょっと幸せなことだなって。これは私、夫の力が動いているなって、なんとなく感じています」

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 午前10時半。朝のピークを越えて、一旦落ち着いた店内。休む間もなく、出勤してきたスタッフと、最後のランチタイムに向けて、仕込みを始めます。

魚河岸どんぶり君 髙橋智子さん:「きょうで閉店だからさ、終わったメニューからとっていって」
Q.きょうはこれがおわっちゃったら、それで?
A.そうです。

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午前11時すぎ

 正午を前に、店内は再びお客さんでにぎわい始めます。こちらの男性も10年以上通う常連客。最後の注文は、大好物の「アジの開き定食」です。

10年以上通う常連:「残念です。来週からどこでご飯食べようかな。ここに来ると家に帰ったような安心する気持ちになれるというか、他の食堂やレストランでは味わえない雰囲気がここにはあるんですよね」

 最後の営業日、昔話にも花が咲きます。

髙橋さん:「すごい若かったね、お互い。8年前って若いだね。全然違う」

 最後は、一緒に記念撮影。名残惜しそうに、お店を出ていく姿が印象的でした。

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 その後も、お客が途絶えることはありません。

常連客:「和気あいあいと、ここで嫌なことも笑いにしちゃうし、おいしいものを食べながら、本当に楽しくておいしい時間をここで過ごさせてもらった」

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 髙橋さんが、時折見せる、この表情。気付けば、営業時間は残り1時間を切っていました。

 そして、午後2時前。最後のお客さんがお会計に…。

最後の常連客:「智ちゃんありがとね。あしたまた来るね」
髙橋さん:「はい、お願いしま~す」

 常連客の冗談をさらっと流し、いつも通り、お客を見送った髙橋さん。

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「魚河岸 どんぶり君」。37年の歴史に幕を下ろしました。

 最後まで、いつも通り。営業を終えました。

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魚河岸 どんぶり君 髙橋智子さん
Q.37年間振り返ってきょうが最終日
A.「全然実感ないです、いまだに」
Q.終わったなという感じは?
A.「しない。全然しない。またあす、朝起きて来なきゃって感じ。『もったいないね』とか『さみしいね』ってみんな言ってくれるけど、惜しまれつつではないが、それはありがたい、そう思ってもらえるのは。人生の半分以上、どんぶり君じゃないですか、私。だから、なんて幸せだったんだろうと、いま改めて思います。ここで出会ったすべての人、感謝しかない。本当にいい時間でした」

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