小児がんで死去 阪神から4位指名・ヤマハの相羽寛太選手の親友は熱心な阪神ファン「喜んでいる顔が思い浮かぶ」

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 先週のプロ野球ドラフト会議で、阪神から4位指名を受けた、ヤマハの相羽寛太(あいば・かんた)選手。

●相羽寛太 会見:
「すごく驚いている。やっとスタートラインに立てたと思うので、ここからもう1段階レベルアップできるように
頑張っていきたい」

 4度目の挑戦でつかみ取った悲願のプロ入り。その裏には、小児がんでこの世を去った「親友」との絆がありました。

 ドラフト指名から4日後。仏壇の前で手を合わせた、相羽選手。

●阪神4位指名 相羽寛太選手:
「やっとプロ野球選手になれた、ここでスタートラインに立てたから、まだ見守っててくれと報告をした」

 その相手は…5年前、小児がんで亡くなった友人・吉岡優(よしおか・ゆう)さんです。

●吉岡優さん(2021年):
「やはり、野球をやっている時間が好きでした」

 高校球児だった2年生の秋に小児がんと告げられた吉岡さん。もう一度グラウンドに戻るため、つらい闘病生活を支えてくれたのが、中学時代のチームメイト、相羽選手でした。

●吉岡優さん:
「いろんな人が支えてくれて、みんなで頑張ろうという気持ちにさせてくれますね」

 こう話した翌日、吉岡さんはこの世を旅立ちました。18歳でした。

●相羽寛太選手(2021年):
「優へ、優、早すぎるよ、こんな突然すぎる別れ。もう一度、グラウンドでプレーさせてあげたかったし、一緒にプレーしたかった。優、本当にお疲れ様、そしてありがとう、ゆっくり休んでね」

“優の思いも背負い、必ずプロの舞台へー”天国の親友への誓いを胸に、がむしゃらにバットを振り続けた相羽選手はU-23侍ジャパンで世界一に輝くと、都市対抗野球でも首位打者を獲得。スカウトに猛アピールを続けました。そして、今年—。

 見事、阪神から4位指名。阪神は、生前の吉岡さんがファンクラブに入るほど、熱烈に応援していたチームでした。

●阪神4位 相羽寛太選手:
「阪神、すごく喜ぶ。喜んでいる顔が思い浮かぶので、一言だけ頑張ってこいと笑顔で言ってくれるかな」

 相羽選手を応援し続けてきた吉岡さんの両親にとっても、それは悲願の瞬間でした。

●吉岡さんの母 優希さん:
「びっくり。優が何かをやってくれたかもしれない。どうせ野球プロでやれるんだったら阪神おいでよって」

●吉岡さんの父 孝満さん:
「本当によく我慢してやったなって、指名漏れからずっと、それは本当に頑張ったなって。本当にうれしかった」

 吉岡さんが大好きだった野球。静岡を離れる相羽選手に吉岡さんの両親が伝えたのは、愛に満ちたエールでした。

●母・優希さん:
「3年くらいで帰ってきちゃいけないというのは本当にそう思っているし、帰ってくるところもないからね。下げられたりとかめっちゃヤジとか飛んでくるから、その中の一人にいるからね。これからも厳しく見守ります」

●相羽:「お願いします」
●母・優希さん:「頑張ってください!」

●阪神4位 相羽寛太選手:
「中学の時も一番練習するのが優だったし、それに負けないように自分もやっていたからこそ今の自分があると思っているので感謝もあるし。プロ野球で活躍する姿を見せたい」

 亡き友とつかみ取った夢舞台への切符。阪神、相羽寛太。新たな挑戦が始まります。

小児がんで死去 阪神から4位指名・ヤマハの相羽寛太選手の親友は熱心な阪神ファン「喜んでいる顔が思い浮かぶ」